届かなかった手紙

宵宮祀花

瓶詰めの想い

 私の故郷は、小さな島だ。島民全員が顔見知りで、全員が親戚みたいなものだって言っても過言じゃない場所。

 私と同い年の子供は夕子ちゃんと朝也くんの二人しかいなくて、今日もその二人と一緒に海岸で日課の散歩をしていたら、波間に光るものを見つけた。朝日がキラキラ反射して、一瞬宝石みたいに見えた。


「あれ、何だろ?」


 たも網で拾ってみれば、それは瓶詰めの手紙だった。コルクの蓋は少しボロくて、瓶自体も汚れていて、でも中身はまだ綺麗。


「見てみようよ」

「じゃあ、あっちで割ろう。ここだと片付けらんないだろ」


 私たちは大人から海を汚すなって教えられてきたから、陸地で瓶を割った。破片が飛び散ったら危ないから、卵を割るみたいに地面に何度かぶつけて慎重に。

 そうして取り出した手紙を破かないようにそっと開いているあいだ、夕子ちゃんが商店のおじさんに掃除道具を借りてきて片付けてくれた。瓶はラムネのよりもだいぶ薄い青色をしていて、結構分厚い。


「なんて書いてあるの?」


 手紙には、たった一言『ずっとお慕いしております』とだけ書かれていた。

 国語の先生みたいに綺麗で、だけど何処か頼りない感じの繊細な文字だった。


「ラブレター?」

「だな。でもちょっと言い方古くね?」

「忠介おじさんならなにか知ってるかも」


 私たちは借りたちりとりを返すついでに、手紙を持っておじさんに会いに行った。島唯一の商店を経営してるおじさんは、年齢的にいうとだいぶおじいさんで、島中の出来事を知ってる人だ。

 私たちが手紙を見せて、手に入れた経緯も話すと、おじさんは懐かしそうな表情で手紙を手に取った。


「この字はきよ江さんの字だね」

「知ってるの?」

「ああ、知ってるとも」


 この手紙は、何十年も前に島に住んでいた白浜きよ江って人が書いたものらしい。その人は病弱で、幼い頃静養に来てそのまま棲み着いたとかで、島民も良く気遣っていた。中でも年が近い男の子の清太郎さんはきよ江さんと仲が良くて、兄妹のように育ったのだとか。

 やがて思春期を迎え、色々と意識するお年頃になった二人は、どちらからともなく惹かれていった。

 おじさんにとっての二人はお兄さんとお姉さんのようなもので、二人が結婚したらどんだけ素敵だろう、きっといい家庭を築くのだろうと夢見たものだった。

 けれど、こんな小さな島にもお国からの命は届く。

 清太郎さんは結局きよ江さんに思いを告げることなく本土へ渡ってしまい、音信が途絶えてしまう。きよ江さんも元々体が強くなかった人だから、戦争のストレス等が祟って若くして死んでしまった。

 いつだったか、おじさんはきよ江さんが思い詰めた顔で海辺に経っているのを見たらしい。そのときは入水でもするんじゃないかと恐かったそうだが、声をかけるのも憚られるほど綺麗な顔でもあったそうだ。

 きっと、そのときに手紙を海に託したのだろう。渡っていけない自分の代わりに、せめて想いだけでも遠い本土へ届くようにと。


「きよ江さんは、ずっと待っているんだねえ」


 そう零したおじさんの横顔は、何だかあの日に戻ったかのようだった。

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届かなかった手紙 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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