讃美に背を向ける

かさごさか

昼間は普通にスニーカー派

 憧れの対象となるのは決して楽では無い。しかし、輝かしい事でもない。自分のような凡夫には荷が重いものであった。


 人より容姿が優れているという自覚はある。身に着けるものは自分に何が似合うか、好みと折り合いをつけて選んでいた。

 人よりコミユニケーション能力があると思っている。実際、過去に接客業に従事していたこともあり、店内での成績は上位だった。

 人より、誰より、何より、世間一般から外れ、その他大勢に当てはまらない自分に憧れていると面と向かって宣言してきた者は少なくない。


 だが、自分は上を知っている。大した努力もなく運と産まれ持ったものでその地位を獲得したと感じている。それ故か、周囲が自分を持て囃すほどに頭が冷えていった。


 ひとつの映像を見ているようだった。

 周りを取り巻く人々から『帝王』と呼ばれる男を画面越しに眺めているような。


■■■

 その日、ミカミは昼の歓楽街を歩いていた。夜はネオン煌めくこの街も日光の下では静まり返っている。

 彼もいつもの給仕服ではなく、黒を基調としたカジュアルな装いであった。春先らしく穏やかな気候で、時折少し肌寒さを覚えるが動いていれば気にならない程度のものであった。


 昼夜問わず、ミカミを気にする者はこの街にはいない。人目を気にせず出歩ける気楽さを彼は気に入っていた。


 ミカミが足を運んだのは歓楽街の片隅にある雑居ビル。そこの2階で事務所を営んでいる人物とは古い付き合いで、用もないのに出入りしていたことがしばしばあった。今日はきちんと目的があっての来訪なので、せいぜい嫌な顔をされるくらいだろう。


 それくらいで良いのだ。

 過剰な期待や称賛、他を蔑ろにしてまで優先されると居心地が悪くなる。かつて王の称号を持っていたが、それは単なる記号に過ぎない。少し稼ぎのいい一般市民であることは今も昔も変わらない。


 人より優れた容姿と頭脳。よく回る口にある程度のことは出来る身体能力。それに見合わぬ善良すぎる性格。

 もう少し傲慢であったなら、もっと冷酷であったなら人々から向けられる憧憬の眼差しを有効活用し、夜の街を牛耳ることもできたのだろう。


 それでも。それでも、自分は。


雨原総合調査室うはらそうごうちょうさしつ』と書かれた扉を開けると、中は相変わらず閑散としていた。というより、見渡す限り人の姿が見えなかった。ミカミは首を傾げつつ、入り口近くの棚の上に並べられたぬいぐるみたちの中、小さなプラスチック製の箱が置かれていることに気づいた。よく見ると中には雛人形を模した和菓子が入っている。


 この事務所には助手を勤める少女がいる。姿が見えないということは今日は休みだろうか。

 事務所を主が助手の少女へと買ってきただろう和菓子に若干の気持ち悪さを覚えつつ、ミカミは箱を開けて男雛の方を頬張った。小腹が空いていたので丁度いい。


「……ちょっと〜〜〜〜」


 パーテーションの置くから覇気のない声が聞こえてきた。指についた粉を舐め取りながらミカミは声のした方を覗き込んだ。

 2、3 枚のパーテーションで区切られた空間の中では目元にタオルを乗せた男が来客用ソファに寝そべっていた。この事務所の主こと、雨原であった。


「和菓子食べないでよ〜高野くんに買ってきたものなんだからさぁ」

「助手ちゃん今日は休みでしょ。あの子が食べる前に賞味期限切れるって」

「ちゃんと確認しました〜〜〜明後日まで大丈夫だしぃ」


 目を覆っていたタオルを外し、雨原はのっそりと起き上がる。


「で、何の用?」


 来客である自分へ座るよう促しもせずに、話を進めようとする。その気遣いのなさミカミはいつも安心するのであった。当の雨原本人は寝起きで、そこまで考えていなかったかもしれないが。


「あぁ。これ見た事あるか?」


 ミカミも許可を得る前に雨原の向かい側にある1人用ソファへと腰を下ろした。そして、ポケットから本日の『目的』を取り出す。


 それは手のひらに収まるくらいの小さな紙製の人形。裏返し、折り目を広げればこれまた小さなビニール袋が入っていた。


「……………………………………………………………ダメなやつじゃん…」


 ビニール袋の中身を見て雨原は絞り出すように声を出し、長く息を吐き出す。


 得体の知れない白い粉末というのは、いつだって諸悪の根源でしかないのであった。

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讃美に背を向ける かさごさか @kasago210

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