第二土曜日の市民ホール

佐海美佳

第二土曜日の市民ホール

 有志が集まっただけの、素人吹奏楽団の練習日は、第二土曜日と決まっていた。

 ファースト・トランペット担当で楽団の代表を務める彰は、決められている練習時間よりも少し早く到着して、ホールの鍵を解錠したり、椅子の準備をしていた。

「おはようございます」

 ホールに響くバリトンボイスに、彰が顔を上げる。

「おはようございます。今日も早いなぁ」

「個人練習したいので早めに来ました」

「真面目やな、陽平さんは」

「初心者なので早くみなさんと同じぐらいに演奏できるようになりたいだけです」

 消防署で働いている陽平は、どの季節でも半袖Tシャツで練習している。鍛え上げられた太い腕がピッコロを持つと、森の巨人が小枝を爪楊枝として使っているようにしか見えない。

 集合時間まで残り10分。

 フローリングの床にあぐらをかくように座っている陽平のそばに、会場の準備が終わった彰はパイプ椅子を置いて座った。

 初心者というわりには、指使いもスムーズで音程もだいたい合っている。消防署の休み時間などに練習しているらしい。時々拍の取り方が違っているのは、楽譜を読みなれていないからだ。

 学生時代に吹奏楽部に入れ込んでいた彰は、その修正をするために時々横から口だしした。

「ここ、もうちょいタメて」

「はい」

 鉛筆で楽譜に指示を書き込む陽平の、真剣な表情が彰は好きだった。

 成り行きで楽団の代表をしている彰だが、本業はシステムエンジニアで、日々パソコンと睨めっこをする毎日だった。仕事のやりとりはほとんどパソコン上で済ませてしまえるし、一人暮らしをしているので人と交流することが少ない。

 人間らしい社会生活を取り戻すために、月に一度の練習はほとんど欠かさず参加している。

「ありがたいんですけど、いいんですか?」

 書き終わった陽平が、彰を見上げる。

「なにが?」

「彰さんの練習時間が、減りますけど」

「えぇねん。俺はこういうことをするために、ここ来てるから」

「そんなことを言っていると、今度から先生って呼びますよ」

「やめてぇ。それだけは嫌や。俺、先生って柄じゃないもん」

 細い足をジタバタ動かして照れる彰を見て、陽平は肩を揺らして笑った。

 システムエンジニアで細身の体躯の彰と、消防署員で筋肉質な陽平という、凸凹コンビ。

 話すでもなく、互いの楽器を演奏するだけのこの瞬間が、二人は気に入っていた。

「第一楽章のこの部分、合わしてみる?」

「あ、はい、お願いします」

 トランペットの堂々たる主旋律に、ピッコロの軽やかな副旋律が絡む。

 主旋律に引っ張られるように、副旋律が舞い上がり、高音のコロコロした響きを安定させるように、トランペットのロングトーンが曲を支える。

「おはようご……お、やってるやってる」

「今日も彰さんのペットが歌ってるね」

「新人ピッコロさんもずいぶん上手になってる」

 後からやってきた楽団部員が、2人の後ろでひっそりと聞き耳をたてていた。

 第二土曜日の市民ホールには、トランペットとピッコロの二重奏という、珍しい響きが広がっている。

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第二土曜日の市民ホール 佐海美佳 @mikasa_sea

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