現実と虚構

隅田 天美

さらば、「最後の」映画館

 人間界、地獄、天国。

 

 その何処にも属さない、奇跡の中立世界が『中央界』。


 人間の知識や想像では到底追い付かない、その異世界に神々や悪鬼羅刹、時々人間も共に生活している。



 中央界の繁華街から一時間。


 そのトンネルは現れた。


「お客さん、ついたよ」


 ネズミ姿のタクシー運転手が後部座席で熟睡している老人と小さな可愛い邪神に声をかけた。


「……あー。着いたかぁ……」


 欠伸とともに老人は胸を意識的に伸ばした。


「なんや、案外早いやんけ」


 眠気のある目をこすり邪神クトウルフも欠伸をする。


 この一人の男と邪神(の一かけら)は魂の一部が同調リンクしているので離れるに離れられない。


「……本当に行くのかい?」


「そりゃ、仕事だもん。行くしかないでしょ?」


 老人、平野平春平は前髪を数本抜いた。


「ほい、代金だ」


 渡された髪を見て運転手は驚いた。


「おいおい、こんなにもらえないよ!」


「ええんや。ここまで運んでくれたサービスやで」


 蛸頭で毛髪のないチビクトゥルフが言う。


「お前が言うなよ……ま、俺のはすぐ生えるし気にすんな」


「そ……それじゃあ、ありがたく……」


 タクシーを降りると、上機嫌でタクシーは去って行った。


 残ったクトゥルフと春平の前には巨大な人口の穴、トンネルがあった。


「ここかぁ……旧人間界との通り穴……」


「……閉鎖されていたのに誰かが封印を破って『あれ』を作ったらしいな」


「たぁあく……総務課も面倒なことを俺たちに押し付けるよなぁ」


 そう言いながら春平は手のひらに持参したマジックで何かを書いていた。


「なにしてんねん?」


「ちょっと、工夫」


 それだけ言うと、マジックを閉めて書いた手をポケットに入れて先にトンネルに入った。



 すぐに暗くなる。


 クトゥルフの目が文字通りライト代わりに光る。


「クトゥ坊……お前は『目からビーム‼』出来ないの?」


「なんや、その必殺技みたいな言い方……わしはクダニドやないで!……というか、あんさんとクダニドが付き合っているって噂が絶えないで」


「あのな、俺はジジイだ。彼女とは飯を食う仲だよ」


「ふうん……」


 と、そこに明らかな異質な扉があった。


 トンネルなら不必要な防音ドアがあった。


 二人は顔を見合わせて、頷き合うと中に入った。



 ドアを開けると下に続く階段があった。


 どこまでも続き、方向感覚を失いそうになったときに、再びドアがあった。


 空けると、古い単館映画館だった。


「おや、珍しい。珍客が二人……ようこそ、『最後の』映画館へ」


 そこにスーツを着た老紳士がいた。


「あんたは?」


 スニーカーにジーンズ、Tシャツにジャンパーを羽織っている自分が少し恥ずかしいが春平は問うた。


「平野平春平さん。あなたのことは、映画館を通してよく知っているよ。本名は夏目宗太郎。天賦の才と弛まない努力によって天下一の……」


「殺し屋さ」


 先に春平は言った。


「私を殺しに来たのかい?」


「それを見定めに来た……中央の奴らが、あんたのやっていることを危険視していてね……」


「じゃあ、殺せばいい」


「生憎、神様は殺したところで復活するのがオチだ……ってか、最近、映画を観ていない。悪いが、ハシス。あんたの映画を観たいで、これを受け取れ」


 そう言って春平は前髪を数本抜いた。


「いやいや、ここは……」


「あんたが名監督なのはよく聞いているから、安いぐらいさ」


 そう言って紳士に髪を強引に押し付けると奥のドアを開けた。



 確かに、そこは映画館だった。


 目の前のスクリーンに映写機から映像が流れる。


 すぐに春平は見入った。


 そして、我知らず涙をポロポロ流した。



 その頃。


 紳士は小さな邪神、クトゥルフに蕎麦茶と柿の種を食べていた。


「こんなぼろっちい映画館で食うのもおつやなぁ」


 精神が幼い邪神は素直に言った。


「ははは、確かに、ここはボロい……でも、つい前まではここで多くの神々や悪魔が互いの損得や利害を無視して涙を流していたのだよ……それがいつの間にかみんな『現実』という空想しか見なくなった……」


 紳士は自分を慰めるように言った。


「でも、ここにいる者はその『現実』に抗い、傷つき、文字通り阿鼻叫喚を味わった者たちだ……映画ゆめを取り上げて、傷口に塩を塗り……いや、止めよう。君たちに責はない」


 弱々しく老紳士にクトゥルフは言葉を持ち合わせなかった。


「しかし、いいのかね?」


 不意に老紳士は声をかけた。


「?」


「あの映画を観て戻れる人間は数少ない。夢と現実の区別ができなくなり魂が消失することも……」


「戻ったよ」


 そこに春平が戻ってきた。


「おお、戻った?」


 紳士は信じられなかった。


「何、俺も引き込まれそうだったよ。でも、こんな言葉を思い出した。『夢は真実まこと真実まことは夢』……昔の作家の言っていた言葉だ」


「……実に日本人らしい言葉だ。で、私を殺すかね?」


「いや、殺さん」


 その言葉に、老紳士とクトゥルフは驚いた。


 特に老紳士は目を見開いた。


「何故だね? 私は、かつて最高神だったが今は悪魔と同一視され、魂を無許可で勝手に浄化する違法行為をしている……それを見逃すというのかね⁉ それは責任放棄で君たちが……」


「あのな、俺たちは『殺すに値するか』を見定めに来た。それに、俺は今、本職は中央界の図書室で猫背になってこいつらの魔導書の翻訳をしている」


 そう言ってクトゥルフを指さし春平は皮肉に笑った。


 そして、手を差し伸べた。


「いい映画


 老紳士も笑った。


「春平さん、あなたこそ本当の現実主義者リアリストだ」


 二人の手が繋がったとき。


 その瞬間、七色に光る鎖が春平の手から出て春平と老紳士、ハシスは驚いた。


「確かに殺しはしない。だが、あんたは違法行為をしているのは事実だ。だから、中央局特務三佐として命ずる! コシャル・ハシス、貴殿はこの世界が無くなるまでここを続けろ! 今、ここに盟約とする!」


 あまりのことにハシスの口は塞がらない。


「魔導書なんてものを何冊も翻訳していりゃあ、嫌でも多少の術は使えるって訳よ」


「……」


「確かに、タイパなんて言って『事実』だけで生きようとする馬鹿がいる一方で無意味の意味なんて『理想』だけで生きようとする阿呆もいる……俺は両方必要だと思う。地面を踏む足と宙で前に進む足。その二つが無きゃ意味がない……あんたも、悲嘆にくれる暇があるのなら、中央のノータリン供を黙らせる作品を作れ!」



 トンネルを抜けると既に朝日が水平線から出てきた。


「あー、眠いわぁ」


 大納言小豆みたいな目をクトゥルフはこする。


「今日はさすがに有給使おうぜ……俺も盟約で魔力を使ってねみぃ」


 春平も首をゴリゴリ掻く。


 そこに、タクシーが来た。


「旦那ぁ、乗ってください」


 昨日の運転手だ。


 驚く春平とクトゥルフ。


「サービスです!」


 運転席からネズミが顔を出した。



 誰もいない劇場を老紳士姿のハシスが独りぼっちでいた。


 全てのたましいは一つ一つ丁寧に浄化、または、あるべき場所に戻した。


 もう、スクリーンには何も映ってない。


【『夢は真実まこと真実まことは夢』】


 春平に色紙とサインペンを渡し半ば強引に書かせた言葉を見る。


--ならば、今度は私が真実まことという映画で戦おう


--そして、それが世界の終わりでも作り続けよう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現実と虚構 隅田 天美 @sumida-amami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ