あこがれ
ritsuca
第1話
サヤトの朝は早い。
羊たちの世話のためでもあるが、同居人のためでもある。
サヤトは昼に働き、カナトは夜働く。ともに過ごす時間を増やしたいならば、遅くまで起きているか、早く起きるかのどちらかを選ぶ必要があって、サヤトは後者を選んだ。そういう話だ。
生まれたときから老いるまで、きっと変わらないだろうなと思っていた暮らしは、カナトと出会って、少し変わった。起きる時間が早くなったこと。知らない土地の知らない料理を「モドキ」料理として食べさせてもらえることが増えたこと。そして、
「ぅん……ん、まだ暗い」
寝起きで縮まった身体を、ぐーと伸ばす。このテント、断熱性能は良いものの、陽射しを遮る性能はイマイチだ。おかげで、目が覚めたとき、寝床の中からでも陽が昇っているかどうかがわかる。今日はまだそこまで高くは昇っていないらしい。
掛け布団の上に投げ出したままの羽織を羽織って寝床を出ると、沓を履く。入り口に小さな隙間を作って滑り出ると、空にはまだ星が瞬いていた。
「あれは、ええと」
羽織のポケットから取り出したのは、カナトは星図と呼ぶ、夜空の地図。小さく折りたたんでいたそれを広げて、空と照らし合わせる。一番星、春告星、遠見星。春告星を一角に据えた大きな三角形、尾の先に遠見星を灯す小熊。夜空に数多輝く星々を繋いで作られる様々な形を、サヤトはカナトに教えられた。
遠くから、馬の足音が近づいてきている。星図を手に空を見ていた顔を音の方に向けると、馬上から小さく手を振る影が徐々に大きくなってきて、
「おかえり」
「ただいま。いつもより早くない?」
「そんなことないよ。ね、今朝は甘い朝ご飯が食べたいな」
「甘いのかー……馬乳酒、ある?」
「あるよあるよ」
「ん、じゃぁ、それで作ろうか」
よしよし、と二人で馬を労ってやり、連れ立ってテントに入る。肌寒いときに欠かせない馬乳酒は、まだまだ十分に残っていた。
手早く生地を作ると、ぽたりぽたりとフライパンに落としていく。焼くのは頼んだ、とサヤトにフライパンを託して、カナトは小鍋でふつふつと黄金色の蜜を煮立て始めた。
「んー、いい香り。ホットケーキ、でもないよね」
「まぁ、似たようなもんだよな。ハギネマスティってお菓子がもう少し西の方にあるらしいんだけど、それを真似してみてる」
「モドキか」
「そう、モドキ」
でも、いいだろう? そう言いながら焼きあがった生地を次々と小鍋に浸して、お皿に重ねていく。とろりと蜜のかかった山をうっとりと眺めて、手が届いてもやっぱり、この人にいつまでも憧れてしまうなぁ、とサヤトは思ったのだった。
あこがれ ritsuca @zx1683
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