若き日のあこがれ

和辻義一

心の中の残り火

 もう30年ほども前になるが、若い頃にどうしても欲しかった車があった。


 スバルのインプレッサWRX。「GC8」と呼ばれていた、インプレッサシリーズとしては初代の車である。


 高校生ぐらいの頃に見た世界ラリー選手権WRCで、モータースポーツの世界にどっぷりとハマった。”エル・マタドール”カルロス・サインツ(シニア)の走りに魅せられ、最初はトヨタのセリカ(ST205)が好きだった。


 だが、GC8の存在を知ってからは、僕の興味は一気にそちらへと傾く。


 当時のライバル車であった三菱のランサーエボリューション(CE9A辺り)もそうだったが、セリカが最初からスペシャリティカー、スポーツカーのイメージをまとっていたのに対して、GC8は「戦うために鍛え上げられた大衆車」だったように思う。


 例えば、当時の大衆車の代名詞とも言えるであろうトヨタのカローラをベースに、メーカー自主規制枠としては最高出力のパワーを有するエンジンをぶち込み、それに合わせてボディのあちこちに手を加え、随所を理詰めで組み上げた「戦うための車」――それがGC8だった。


 今にしてみれば、後にダイハツが生み出したストーリアやブーンの「X4」シリーズに比べればまだまだ可愛らしいとも思うが、当時の僕にとっては「狂犬」のような荒々しさが凄く格好良く見えた。


 ただ、当時20代だった僕にとっては、色々な意味において「手の届かない車」だった。値段ももちろんそうだったが、車としてのスペックも維持費も高すぎた。


 単に所有欲を満たす対象としてであればそこまで気にすることでもなかったのだが、モータースポーツの世界に足を踏み入れてみると、ハイパワー4WDという車種を乗りこなすにはまだまだ腕が未熟だったし、車の改造にも維持にもとんでもない金額がかかってしまう。


 だから、競技車両としてはまだ比較的扱いやすかった前輪駆動車をマイカーに選びつつも、いつもGC8を憧れの対象として見ていた。ディーラーやモーターショウに足を運び、カタログを手に入れては毎日のように眺める日々。でも、それはそれでなかなかに楽しかった。


 あれからほぼ30年が過ぎ、この歳になってGC8を思い返すと、どうにも奇妙な感覚にとらわれる。


 当時としては全くそんなことはなかったのだが、ハイパワー4WDとしては比較的軽い車だと思う。後のシリーズが当初から「戦うために生まれた車」として、ボディ剛性の強化や安全性の確保などから、どんどん大きく重くなっていったということもあるのだろうが――今の自分であれば「もしも新車で手に入るのであれば、ぼちぼち手頃に扱えそうな欲しい車」といったところかも知れない。


 だが、遠い日のあこがれを心の中の残り火として宿しつつ、中古車販売のホームページなどを眺めてみると、GC8は僕にとってまだまだ「高嶺の花」だった。西暦2000年頃のスポーツカーには、年式や程度の割には非常に高価なプレミア価格がつけられている。


 それでも、昨今の車に比べると「余計なモノが一切ついていない車」といったイメージで、やはり今でも欲しい車の一つには違いない。歳を取り、いろいろと失い衰えていったものがあったとしても、僕という人間の本質はどうにも変えられないものなのだろう――そんなことを思いつつ、今回は筆を置くこととしたい。

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