あこがれの学園生活は特等席で

陽澄すずめ

その時、扉が開いた

 私の名前は真壁 英子。

 トキメキいっぱいの学園生活に憧れる、ごく普通の高校一年生だ。

 いま私の目の前には、同じクラスの優等生・立川くんがいる。


「真壁さん、突然ごめん。こんなところに呼び出して」

「う、ううん……」


 吹きさらしの屋上を、爽やかな春風が駆け抜けていく。その風に乗って、グラウンドからサッカー部のトレーニングの声が届く。


 心臓がうるさく騒いでいた。

 どうしようどうしよう、これってやっぱりアレだよね?

 立川くんは学年主席の秀才で、入学式では新入生代表挨拶も務めた人だ。クールな雰囲気のイケメンなので、密かに彼に憧れる女子も多い。


「それで、私に話って何?」

「ああ……君に伝えたいことがあってだな」


 彼の眼鏡の奥の瞳が、まっすぐに私へ向く。ドキドキと高鳴る鼓動。


「実は僕、君のことが好——」

「ちょっと待ったァァァ!」


 ズダァァァン!

 派手な音を立てて屋上出入り口の扉が開いた。私は口から心臓がまろび出そうになった。

 姿を見せたのは、一人の男子生徒だ。


「あ、あなたは……サッカー部のエース、二年A組の猫柳先輩!」

「その告白、ちょっと待った! 俺も真壁さんに伝えたいことがあるんだよ」


 猫柳先輩は乱れた息を整えながら、私と立川くんの間へ割り込むようにして進み出た。


「二人が屋上に行くのが見えてさ。居ても立っても居られなくて、トレーニング抜けてきちまったぜ」


 ちょっとヤンチャな笑顔を見せる猫柳先輩。にぃっと覗いた歯が白い。

 猫柳先輩は全校生徒の憧れの的だ。引き締まった体躯に精悍な顔立ちで、青いジャージがよく似合う。

 そんな人気者の彼が、いったいなぜ。少し落ち着きを取り戻した心臓が、再び足を速める。


「俺も真壁さんのことが好きなんだよ。抜け駆けは見過ごせないね」

「なっ……いくら先輩と言えど、譲るわけにはいきません。僕だって真壁さんのことが好きなんです」

「お前じゃ真壁さんに釣り合わねえだろ。一年坊主がよ」

「想いの大きさなら、あなたに負けるつもりはないですが?」

「ほう、でかい口叩くじゃねえか。ここは男らしく拳で決着をつけようぜ、立川」

「望むところです、猫柳先輩」


 そうしてなぜか突然、決闘が始まったのである。


 凄まじい速度で交わる男たちの拳。もはや私の動体視力では、その動きを捉えることもできない。

 ただ強靭な筋肉の唸りと、鋭い打撃音と、蹴りが空を切る音だけが耳に届く。

 フィジカル面では圧倒的有利と思われた猫柳先輩だが、次第に息が切れ始める。


「くそっ、なぜ当たらない……?」

「フフッ、あなたのデータなら頭に入っています」


 立川くんの眼鏡がキラリと光る。

 猫柳先輩が愉しげに笑った。


「相手にとって不足なしってことか」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」


 全国模試一位の立川くんの頭脳による相手の動きの解析と。

 リオネル・メッシの再来とも呼び声の高い猫柳先輩の足捌き。

 戦いは熾烈さを増し、私の目に映るのは二人の残像ばかり。破けた服の切れ端が飛んできて、どちらも相応のダメージを受けていることが窺い知れた。

 やがて、二人同時に膝をつく。


「ハァ、ハァ……やるじゃねえか立川」

「ハァ、ハァ……猫柳先輩こそ」


 両者ともボロボロだ。服はあちこち破けて素肌が覗いており、顔や手足には無数の傷が付いている。

 しかし彼らの表情はどこか晴れやかだった。どちらからともなく右手が差し出される。


「久しぶりに楽しかったぜ」

「僕もですよ。いい勝負でした」


 男たちの握手が固く結ばれた。

 暮れなずむ校舎。茜色に燃え立つような後光が差す。

 その時、私は確かに見た。

 ライバルという関係性を越えた、唯一無二の尊い絆の萌芽を。


「ングフゥッッ!」


 いけない、声が出ちゃった……っ!


 二人の視線がこちらへ向く。


「じゃあ、ここは潔く真壁さんに決めてもらうとするか」

「そうですね、引き分けでしたし。真壁さんの選択に従いましょう。選ばれた方が彼女と付き合う、と」

「ファッッ?!」


 いや。

 いやいやいや。


「アッ、アッ、私のことはお気になさらず、どうぞ続けてくださいお願いします」

「えっ」

「えっ」

「あの、すいません、私のようなものは今すぐ退散いたしますので本当にお構いなくっ」

「真壁さん?!」

「待って!」


 二人の静止を振り切って、私は屋上を後にした。


 校舎の中はひんやりしている。だけど私の心臓は、今まで感じたことのないほどギュンギュン高鳴っていた。

 なんということだろう。こんな気持ちは初めてだ。

 ずっと憧れていたトキメキいっぱいの学園生活は、こんなところにあったのだ。

 ありがとう立川くん、そして猫柳先輩。

 二人のためならば、いくらでも壁に埋まろう。

 私は眼裏に美しい二人の姿を思い浮かべ、天を仰いだのだった。



—了—

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