KAC2025 あこがれ

かざみまゆみ

あこがれ

 小夜子は大学の講義の空き時間に旅行雑誌を見るのが日課になっていた。

 今日も早めに教室移動を終えると数冊の雑誌を取り出した。

 雑誌からは多くの付箋が飛び出している。


「うーん、やっぱりイースター島は外せないのよね。でも島まで飛んじゃうと他に回る場所が限られちゃうのが問題か……。中南米の遺跡群も見たいし悩ましいなぁ」


 小夜子は人目も憚らず頭を抱えこんでブツブツと独り言を続けた。


「どうしたの? せっかくセットした髪が台無しになっちゃうよ」


 小夜子が顔を上げると可愛らしいショートカットの少女が覗き込んでいた。

 楓だ。

 彼女は小夜子の隣に座ると雑誌をひとつ手に取った。


「なぁに。また卒業旅行の行き先で悩んでいるの? 一緒に行くんだから私の意見も聞いてよね」


 楓が少し不満げに頬を膨らませた。だが、その表情もまた可愛らしい。


「私達はまだ二回生だから卒業旅行の前に就活よ。小夜子はもう決めたの?」

「うん、取り敢えずはファッション誌関係の編集部にインターン予定。別にお義母さんのお店でもいいんだけどね……」

ノチェさんの所では働かないの?」

「え〜、無い無い!! あんな貧乏探偵事務所にいたら仕事無さすぎてキノコ生えてきちゃうよ!」

「そっか……(なら私が)」


 ん?と小夜子が不思議そうな顔をする。


「ううん、なんでもないよ。それより、どこに行きたいつもりなの?」


 楓はパラパラと雑誌のページをめくる。

 出てくるのは中年米の遺跡と大自然ばかりだ。

 小夜子は雑誌ヌーの旅歩き冊子に付箋を貼り付けている。


「やっぱり古代遺跡はロマンよね〜、全人類の憧れだわ!」


 いや、全人類は言い過ぎでしょ。と、楓は思ったが口にはしなかった。それは優しさではなく、彼女のような者に対するマナーだと理解したからだ。楓も小夜子の趣味を理解しつつあった。


「南米の方に行くなら大自然を感じられる所がいいな。この世界最南端の街なんてよくない? せっかくだから、普通の人が行かなそうな場所がいいな。私、岬とか海に突き出ている先端が好きなんだよね。あっ、別に名字の三崎とは掛けてないよ」


 楓はウシュアイアの街の情報を楽しそうに読んでいる。やはり彼女も少し変り者である。


「楓は卒業したら実家帰るの?」

「えっ、うん……たぶん。お願いして東京の大学に来たし。実家の手伝いになるかな」


 楓は地方の旧家出身で、大きな林業・造園業を営んでいた。


「たぶん帰らないと駄目だと思う……」


 そう言った彼女の目は寂しそうだった。

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