後編

 *


 私は大学生になった。


 私の夢は、いまだ小説家である。


 周囲で、変わったことは2つあった。


 まず父が他界したこと――これは、大学に入学してすぐのことであった。 


 葬式は、親族と出版社の方数名でおごそかに行われた。


 そしてもう1つ――妹のあずさが、中学時代に書いた小説がライトノベルの新人賞を受賞し、デビューが決まったということである。


 その強烈な独創性に、審査員全員の度肝を抜き、『十五歳の鬼才、爆誕』という帯文句の下、今では高校に通学しながら小説家をしている。


 最初は、嫉妬を抑えようとした。


 嫉妬してはいけないと思ったし、そんな自分が悔しかったからである。


 しかし、文学界で脚光を浴びる三歳下の妹への嫉妬心を、抑圧することはできなかった。


 妹は、だ。


 嫉妬せずに、どうしようと言うのだ。


 毎日、脳髄をかきむしりたくなるような嫉妬に駆られ、頭がおかしくなりそうだった。


 妹は、平然と、独創性あふれる小説を生み出す。


 対して私がやっていることと言えば、未だ誰かの模倣に過ぎない。


 小説の応募も中学時代から行っているけれど、3次、2次選考までは進むが、その先へ行くことができない。


 必ずと言って良いほど、選評には「○○先生の影響を強く受け過ぎている」「××年代の作品に使い尽くされた印象」という言葉が付いて、否、いて回った。


 まあ、結論だけを言うと。


 私は小説家になれず、妹が小説家になった。


 それだけの話である。


 父は、こうなることが分かっていたのではないか――と、思う。


 だからこそ父は、中学時代の私に、叱咤の言葉を投げたのだ。


 、と。


 きっとそれは、父が正しいのだろう。


 父は文学界にとても長い期間いた。上梓した小説の数も多い。


 父の言葉には、説得力があった。


 実際、妹の方が先に文壇に立ってしまったのだから。


 それでも。


 あんな風になりたいな――という気持ちに、嘘は吐きたくない。


 それが私の、憧れなのだから。


 私の執筆する動機なのだから。


「……よし」


 次回の講義の課題も終わった。今日の残り時間は、全て執筆に充てることができる。


 私は、自分の部屋で、パソコンに向き直った。


 誰も読んでくれなくとも。


 父の言葉にそむこうとも。


 模倣だとそしりを受けようとも。


 今日も私は、小説を書く。




(了)

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憧憬童景 小狸 @segen_gen

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