悪枯れ(あくがれ)

押見五六三

全1話 育てようのないもの……

 あの長い黒髪の女性は、今日もベランダで水をやっていた。

 大きく長いプランターに、洋風のお洒落なジョウロで水飛沫を与える姿は、まるでミストで虹を作ろうとしてるかのようだ。


 俺は、蔦に覆われた大きな洋館の二階にいる彼女を、毎朝毎朝ここを通る度に見掛けた。

 冬でも薄手のネグリジェ姿で、その透き通るような肌を露出している。

 彼女は、いったい何を育てているのだろう。

 彼女を見掛けてから早三年の月日が経つが、プランターからは一向に緑が出て来ない。

 彼女には諦めきれない、どうしても育てたい花が有るのだろうか?

 それはきっと、彼女のような例えようのない美しさを持った花なのだろう。

 俺は毎朝そんな事を考えてるうちに、日に日に彼女に対する憧れと恋心が芽生え、大きく育っていった……。


 そして俺は遂に決意した。

 この胸の内を伝えるべく、彼女の住む洋館を訪ねる事にしたのだ。


 洋館の入口まで来て驚いた。

 洋館を取り囲む鉄柵も、びっしりと蔦で覆われていたのだ。

 鉄柵の入口を見つけるのに苦労するほどだ。それはまるで、全ての物の侵入を拒むかのようだった。

 やっと見つけた入口だが、インターホンが無い。

 仕方なく「おじゃまします」と言ってから庭を通り、エントランスに向かった。

 エントランスも外から見る以上に蔦だらけだった。

 それに、やっぱりインターホンが無い。

 俺は「すいませーん」と大きな声で叫び、ドアも何度も叩いたが返事がない。

 返事どころか辺りに全く音が無い。余りにも静かだ。奇妙なくらいに生活音がしないのだ。

 本当にここに人が住んでるのか?

 俺が毎朝見ていたのは、まさか……。

 流石に不安に成り、帰ろうとしたのだが――


「どちら様ですか?」


 急に背後から声を掛けられ驚いた。

 振り向くと、あの長い黒髪の女性が薄手のワンピース姿で立っていた。

 ちゃんと足もある。幽霊じゃない。


「すいません。突然お邪魔して。貴女にどうしても伝えたい事が有りまして」


「……毎朝うちの前を通られる方ですね?」


「えっ? 俺の事を気付いてくれてたんですか?」


「はい。私、会釈してたのに全然返してもらえないから、嫌われていると思ってました」


 そうだったのか。

 全然気づかなかった。

 俺はなんて鈍いんだ。


「すいませんでした。そうとは知らずに……」


「いいえ。あっ! 立ち話も何ですから、うちの中に入りませんか?」


「いいんですか? 突然お邪魔したのに?」


「ええ、構いません。何も有りませんけど」


 俺は有頂天に成っていた。

 彼女も俺の事を意識していたのを知り、淡い期待が膨らんでいたのだ。

 だが……。


「足元、気をつけて下さいね」


 エントランスから洋館の中に入って俺は驚愕した。

 蔦だ。

 外壁よりも更に多い蔦が、内壁、天井、床と、至る所にその葉と茎を張り巡らせている。

 正直足の踏み場もない。

 まるで何年も住んでないので草木に占拠された廃墟のようだ。

 湿った異様な雰囲気が漂う。


「こ、この蔦はいったい……」


「私、蔦を育てるのが趣味なんです。ほらっ! 毎朝、外の蔦にもお水をやってるでしょ」


「えっ?」


 あれは、プランターに水をやってるんじゃなく、外の蔦に水をやってたのか。

 けど、いくら蔦を育てるのが趣味とはいえ……。


「蔦は生命力が強いと言われてますけど、ちゃんと愛情持って育ててあげないと、すぐに枯れちゃうんですよ。たからこうして部屋の中で一緒に暮らしてるんです」


「でも、これじゃあ、ご家族が……」


「大丈夫です。母や父も一緒ですから。今から紹介しますので、こちらにどうぞ」


 彼女はそう言って、俺を大きな部屋へと通してくれた。だが、そこには誰もいない。


「ご両親はどちらに?」


「上です」


「上?」


 俺は言われて上を見上げた。

 そこには――


「うわああああぁぁぁ!!」


 死体だ……。

 天井には生きた人ではなく、大量の蔦が絡まった白骨死体がぶら下がっていた。

 しかも一体、二体じゃない。

 無数の白骨死体が、蔦に絡まり、力なく宙に浮いている。

 まるでマリオネット劇のように……。


「両親に祖父母に弟、近所の人や私に告白に来た人達。みーんなこの子達を育てる為の栄養に成ってもらいました。だって、私はこの子達さえ枯れずに居てくれれば良いんだもん」


 俺は自分がもう助からない事を悟った。

 彼女が大きな植木鋏を持っていたからだ。

 俺は、なんでこんな女に憧れたのだろう……後悔しても、もう遅いが……。


「さあ……遠慮なさらず、ずっとこの家に居て下さいね。その命が枯れるまで……」


〚完〛

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悪枯れ(あくがれ) 押見五六三 @563

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