【KAC20252】私だけを見て!

麻木香豆(カクヨムコン不参加)

🎙️

「お母さん」

 そう呼びかけても、返事はなかった。


 母の部屋に足を踏み入れると、そこはまるで別世界のように、整理途中の荷物が無造作に置かれていた。

 床に散らばる写真。その中に、一際目を引く、ある女の子の写真があった。


 橘花莉子たちばなりこ


 私と歳の近い、地下アイドル。画面の中の彼女は、私が今まで見たことのないような輝きを放っていた。

 ステージの上で歌い、踊る姿。SNSにアップされる、キラキラとした日常。そのすべてが、私にとって眩しすぎるほどの憧れだった。


 母のスマホには、莉子の写真や動画が溢れていた。時折、母は楽しそうにそれらを眺め、まるで自分のことのように嬉しそうに笑っていた。私に見せることのない、そんな母の表情を見るたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。


 私は、母の愛情を知らなかった。


 物心ついた時から、母はいつも忙しく、私に構う余裕などなかった。欲しいものをねだっても、「自分でバイトでもして買いなさい」と冷たくあしらわれた。母と一緒に写真を撮った記憶もない。いつも一人ぼっち。それが、私の日常だった。


 母は、子育ての疲れを、自分と同じ歳の推しを応援することで現実逃避していたのかもしれない。

 離婚、仕事、そして私。様々な重圧から逃れるために、莉子の輝きに救いを求めていたのかもしれない。


 だから、莉子が羨ましかった。母の愛情を一身に受けているであろう彼女。その輝きに、私は嫉妬し、そして強く憧れていた。


 私も、あんな風に輝きたい。母の愛情を、独り占めしたい。




 そう思った時、莉子の所属するアイドルグループが、新しいメンバーを募集していることを知った。


 これは、チャンスかもしれない。


 私は、莉子と同じステージに立つことを決意した。



 オーディションは、想像以上に厳しかった。歌もダンスも、未経験の私にとっては、すべてが初めての挑戦だった。それでも、莉子と同じステージに立ちたい。

 その一心で、私は必死に練習を重ねた。



 そして、ついに私は合格を勝ち取った。


 デビューライブの日、客席に母の姿を見つけた。


 母は、どんな気持ちで私を見ているのだろう。

 ステージの上から、私は客席の母を見つめた。


「お母さん、私を見て」


 心の奥底から、叫び声が溢れ出す。

「私を見て。私だけの輝きを、見て」


 ステージのライトが、私を照らす。観客の視線が、私に注がれる。その中心で、私は歌い、踊る。

 莉子のように、いや、莉子以上に輝いてみせる。


 母の視線を、私だけに釘付けにする。


 莉子を越え、母の愛を独り占めにする。


 そのために、私はステージで最高のパフォーマンスを披露する。


 観客の歓声が、私の背中を押す。


 私は、私だけの輝きを放つ。


 お願い、私だけを見て! お母さん。


 

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