トリの雛にはなりたくない

葛瀬 秋奈

第1話

 さて、本日は3月3日月曜日。


 世間で言うところの桃の節句、あるいは雛祭りと呼ばれる日ではあるが、中学生の私たちは当たり前に授業を受けている。


 何故なのか。もちろん平日だからである。

 端午の節句が祝日ならば桃の節句も祝日にすべきではないのか。そう言うと、後ろの席の陰険眼鏡こと三好に鼻で笑われた。屈辱である。


「5月5日はこどもの日だから休みなんで、別に男女とか関係ないから。節句を全部休みにしろと言うなら、9月の菊の節句とかもしなきゃいけないだろ」

「別にいいじゃん。休日が増えたらみんな嬉しいでしょ」

「いや俺は大して嬉しくないけど……、あ、ほら、先生こっち見てるから前向けって」


 今更だが授業中である。慌てて前に向き直ると、数学担当の今井先生が黙ってこちらに頷き今配ったプリントの説明に戻った。イエローカード、というところか。


 数学は苦手だ。ただでさえ数字をみると眠くなるのに先生の淡々とした声で更に眠くなる。他の教科は大して努力しなくたってそこそこできるのに、どうしても数学だけは苦手だ。プリントに取り組んでるふりをしてついつい落書きなどをしてしまう。


 それにしても、三好は私と違って完全無欠の優等生で数学だって得意なはずなのになぜ発展ではなく基礎クラスにいるのか。

 まさかこの中に好きな人がいるとか。ないな。色恋沙汰とかには全然興味なさそうだもん。


 そんなことを考えて時間を潰していたらまた眠くなってきてしまった。学年末考査が終わったばかりのこの時期はどうにも気が緩んでしまう。いかん。寝るな私。寝たら三好にペンでつつかれる。


 ふと。

 鳥の鳴き声のような音が聞こえた。

 窓際から悲鳴があがった。

 教室がにわかに暗くなる。

 太陽光を遮って猛スピードでこちらに何かがやってくる。


「みんな、廊下側に逃げろ!」


 今井先生の声にハッとして窓に集まっていたみんなは反対側に避難した。私が廊下側の壁から振り返ったとき、ちょうど窓を突き破ってボールのようなものが転がりこんできた。割れたガラスの破片がキラキラ光って綺麗だった。


 違う、ボールじゃない。

 動物だ。


 フクロウのような茶色い羽で覆われたそれはブルっと体を震わせたかと思うと、バッと翼を広げて鳴いた。


「ホーッ!!」


 その姿、さながら万歳三唱のごとし。


「馬鹿な、トリだ……トリの降臨だ!」

「知っているのか三好……!?」


 三好の言い方があまりに芝居がかっていたので、ついネットミームみたいな返しをしてしまった。誰にも気づかれていないことを祈ろう。


「聞いたことがある……フクロウのような茶色い翼を持ち、ニワトリのような白い顔と黄色いクチバシを持つ鳥のような謎の生き物……『トリ』!」


 確かに目の前の怪生物と特徴は一致するが、まるで説明になっていない。


「なんだと……ついに祭の季節がやってきたということか……!」

「先生もご存じだったのですね」

「ああ、あれが来たということは……イベントはもう始まっているっ!」


 ちょっとよくわからない。困惑する周囲の人々を置き去りにしないでほしい。祭って今日の雛祭りのことだろうか。


「ホゥ!」


 ごちゃごちゃうるさい、とばかりにトリ(?)が今井先生に向けて翼を振り下ろす。


「ハッ、しまっ」


 言い終わらぬうちに先生は変わり果てた姿になっていた。上部がすぼまった、大きな大きな、白い塊。まるで鶏の卵のような。


「……は?」


 意味がわからない。なにもわからない。

 そして、次は私の番だった。こちらに翼が振り下ろされるのが視界に入ったとき、まるで指揮のようだな、と思った。


 視界が暗くなる。

 一瞬だけ三好の声が聞こえた気がするけど、やっぱりもう何もかもわからなくなっていた。


 すべてが雛になる。ひなにかえる。雛に、還る、雛に、孵る。もしも次があるのなら、数学のできる美少女になりたい。



 ひなまつり

 なくとりきたる

 まなびやの

 つみなきこども

 りかいおよばず

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