雛祭りヴァリアント ~Paper Drive Odyssey~

palomino4th

雛祭りヴァリアント

 チビな愛車でもう随分走ってきて、そろそろ休憩が欲しくなってきた。

 駐車だけならば幅の広い路肩でもいいのだけど……。

 一旦路肩に停車してカーナビを確かめると、ほとんど一本の車道は林の中に延々と続いて最寄りのコンビニは遥か先の隣町になるようだ。

 画面を操作してルートを俯瞰してみた。

 しばらく行くとちょっとした集落があり、公園のような場所があるのが分かった。

 そこまで行けば……と再び車を出してそのポイントに向けた。

 ナビゲーターと車の機嫌が良ければきっと目的地まで連れてってくれる……。

 困ったことにこの愛車そのものはずいぶん天邪鬼あまのじゃくで。


 ナビゲーターの示した地点に近づくと、駐車場らしき空き地には幾台もの車が停まっていた。

 徐行しながら見ていると、蛍光色のキャップとジャンパーを着た中年の男性が見て車の近くまで来た。

「外の人ですね」ナンバーを見て言ってきた。「祭りをご覧に?」

「通りがかって公園があるからと思ったんですが、お祭りでしたか。駐車場は」

「今日は地元の関係者中心なのですが……一台なら駐車できますね、こちらへ」

 言われるままに車を移動させて空いたスペースに移動させた。

「珍しい車ですね、輸入車ですか」

「ええ、まぁ……」僕は適当にお茶を濁してごまかした。

「すみません、お手洗いに行きたいんですが」車を降りてから声を潜めて男性に尋ねた。

 ああ、と案内されて園内を歩いた。


 ——用を足して戻り礼を言うと、男性は言った。

「あの、もし時間があるのでしたら見て行きませんか。一部で有名なんですよ、この祭り。ちょっとした見ものです」

「時間はあります。そうですね、お邪魔でなければ少し」

 歩いていくと山の中に平らに切り開かれたグランドがあり、地域のさまざまな人々が集まっているようだった。

 案内されてグランドの中頃に行くと、突き当たりの端一面が山を削って七つの段状になっており、そこに予想しなかったものが現れていた。

 それぞれの段には雛人形を模した装束の子供たちが座っていた。

 最下段には雛飾りとは逆に本物の器などを用いた御輿入れ道具、その一段上は嫁入道具。

 五段目には桜とたちばな(無論、作り物の花と実だろうが)の二本の木に挟まれて仕丁しちょうの三人上戸役の子供たちが沓台くつだい台傘だいがさ立傘たてがさを持っている。

 四段目には随身ずいしん役、左大臣・右大臣の近衛中将このえのちゅうじょう近衛少将このえのしょうしょうが弓と矢を身につけ両端に座し、五つのうつわを載せた掛盤膳かけばんぜんと、三方に盛った赤白緑の菱餅ひしもち

 三段目には五人囃子を演じる男子たち、太鼓に大皮鼓おおかわつづみ、小鼓と笛、扇を色げてるうたい。    

 二段目は三人官女の華やかな女子たちで、それぞれ加銚子くわえちょうしに、三方さんぽう長柄銚子ながえのちょうしを持ち、和菓子らしきものを盛った高坏たかつきを挟んで控えている。

 最上段を見ると金屏風きんびょうぶを背にして中央の瓶子へいじを軸にしたシンメトリーで親王台しんのうだいが二つ、両脇に雪洞ぼんぼりが配置されているのが見えるのだが、そこは空になっている。

「どうです、人間の子供たちで再現する雛飾りです。ここの地元の子供たちが演じてるんですよ」

 由緒ある古い土地での催しでこういうのがあるのは聞いたことがあるが、山に囲まれたこじんまりとした集落で行われる祭りとしてはかなり大きな規模のものではないか、と思った。

 見る限り、雛人形役の子供たちの装束は遠目にしっかりと作られてるように見えた。

 男性に案内されながらグランドを歩き、設営されたテントの近くまで来た。

「カジさん」男性が呼びかけると白髪で眼鏡をかけた老人がこちらに向いた。

「たまたま通りかかった外の人なんだけど、見てってもいいですよね」

「外からの?勿論。良いタイミングで来ましたね。飲みますか」

「あ、僕はちょっと」両手でハンドルを回す仕草をすると老人はああ、とうなずいた。

「そこらにあるもの、つまんでってください。どうぞ好きなところに座ってくださいな」

「ありがとうございます、見せてもらいます」

「ほい」テントで座っていた壮年の男性がペットボトルのお茶と個包装の菓子……ひなあられを渡された。

「ありがとうございます、いただきます」

 テントの中は自治会の人々で埋まっていたので、桟敷さじき席のように地面にシートを敷いているところに靴を脱いであがり、そこに座ることにした。

 シートの中程に気になるものが見えた。

 雛壇を真正面に見る中央には人が座っておらず、大小様々な雛人形が置かれていた。

 案内の男性が僕の目線を察したように言った。

「面白いでしょう。雛壇に飾られた人間の雛たちを、雛人形たちが鑑賞するんです」

 ユニークなことをしているな、と思い由来を尋ねてみようとした。

「さぁ、トリの降臨だ」

 案内の男は言った。

「トリ」、つまり真打しんうちの意味だろう。

 その声で正面を見ると、まさに最上段に両端から男雛おびな女雛めびな役の男子と女子が鮮やかな束帯そくたい衣装と十二単じゅうにひとえをそれぞれまとい親王台の上に座った。

 同時に雛壇の手前の左端にいた一団の女性らが大正琴で『雛祭り』の合奏を開始した。

 地方の祭りながらそれぞれの作り込みは立派で、思う以上に長く継承されている由緒ある祭りに思えた。


 感心しながら見ていると、案内の男性が話しかけてきた。

「どうぞ、飲み物やお菓子を召し上がって下さい」

「あ、はい、遠慮なくいただきます」

 僕は笑顔で返した。

 人間雛の様子に見惚れていてすっかりと手に持っているペットボトルと菓子を忘れていた。

 個包装の袋の端を切って数粒の雛あられを口にした。

 ボトルの封を切ろうかと手をかけながら、雛を演じる子供たちが微動だにしないのに感心していたのだけど、ちょっとおかしい……本当に凍りついたように動かなくなっている。

 大正琴の演奏はいつの間にか終わり、代わりに微かな音、幾千のひぐらしの鳴き声のような音が織り重なって聴こえてきた。

 人間の声が一切しない。

 代わりにグランドの中央に集められた雛人形の方から蜩めいた音がしてきた。

 おかしいなと思って周囲を見た。

 主催している人々の様子がどれも奇妙だった。

 立ち上がると中央の雛人形たちがこちらを向いた。

 僕は彼らに軽く挨拶あいさつをするとテントの人々に一声かけた。

 よく見ると彼らの顔はどれも作り物なことに気がついた。

 彼らはゆらりと立ち上がると僕の方に向かってきた。

「お邪魔しました」手を振りながらさっさと駆け抜けて車の方に向かった。

 僕の行動が予想外だったせいか皆はあたふたと追いかけてきたが、真ん中でこけた一人に数人つまづいてちょっとした大惨事が起きたようだった。

 転倒する人々のあたりで、もげたらしき手脚が飛び散っていた。


 無事、愛車にたどり着いて乗り込むと即座に発車させて道路に出た。

 ナビゲーターの画面に向かって僕は文句を言った。

「また妙なところに案内してくれたね。もうちょっと真面目にやってくれ」

 ナビゲーターは答えない。

 そういえば案内の男はやけに飲食を勧めてきた。

 何か嫌な予感がしてきた。

 数粒口にしたひなあられのことが気になってきた。

 左手の先に違和感を感じた。

 僕の左手が既に人形化していた。

 自分の大きな声に驚いた勢いで、左手はポロリともげてしまった。

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