とある転移変異体に関する記録~残された異物、及びそれがもたらした影響について~
はねまる@グリスラ9/10発売!!
発端と結末
「……うーむ」
その悩ましげな唸り声は、中年の男性によるものだ。
ややだらしない体型を旅装束に収めている彼は、顔つきもまたやや締まりが無かった。頬には贅肉が目立ち、目元は目にわかりやすく弛んでいる。
総じて緊張感の無い容姿であり、実際として彼は神経質さとは無縁であった。呑気な笑みを顔に浮かべているのが常であった。
だが、今は違った。
常とは違い、男は眉間にシワを寄せた表情を見せている。
(どういうことだ?)
男の姿は、仄暗い洞窟の中にあった。そして、男の視線の先は松明の明かりに照らされた地面にある。
そこには奇妙な怪物が横たわっていた。人の手足のようなものが生えた、人の大きさのナメクジ。尋常の生物とは思えない見た目をしているが、実際としてそれは尋常の生物では無い。
転移変異体。
これはそう呼ばれる一体であった。『世界』とはこの『世界』ばかりでは無く、無数に存在する。自由に行き来することなどは出来ない。観測は可能であっても、現代の技術ではそれは不可能の領域だ。
だが、何があってかそれが可能となる瞬間が存在するのだ。世界が繋がる瞬間があり、それに巻き込まれ、世界の壁を超える存在が現れる。
転移変異体とは、その当事者だ。
悲劇の当事者でもあった。元々は人間であったはずなのだが、世界を超えるという異常にその心身は耐えることが出来ない。結果、変異する。異常な化け物に成り果てる。
知性、理性は無く、しかし食欲、性欲などは残り、さらには『スキル』なる異能をその身に宿している。
変異体とは駆除対象であり、中年の男はそのための部隊の指揮官であった。そして、駆除は無事に果たされたのだ。だが、男は眉をひそめ続けている。
(無事……なんだよなぁ)
男は背後を振り返った。その先には洞窟の入り口があり、外の様子がうかがえる。
隊員たちに囲まれている、小さな人影があった。近くの村に住む、五歳ばかりの少女だ。その顔つきに力は無く、衰弱の色は濃い。だが、無事に生きている。男は変異体へと視線を戻し、大きく首をかしげる。
「……なんのつもりだったんだ?」
そう呟くことにもなった。村から幼女がいなくなった。その出来事が契機となり、この変異体は発見され、討伐される運びとなった。
男も含め、誰も幼女が生きているとは思っていなかった。変異体に残されているのは食欲及び性欲である。どちらの対象であったところで、幼女が無事にすむはずが無かったのだ。
しかし、現実は背後の通りであり、男は大いに悩まされているのだ。果たして、変異体は何のつもり幼女をさらったのか?
「すみません。少しよろしいですか?」
男は顔を上げる。その声かけは、部下の若い男性からのものだった。
「どうした? 何があったか?」
尋ねかけると、部下は悩ましげに口を開く。
「奥で妙なものが見つかりまして……ついて来ていただいても?」
男は首をかしげることになった。妙なもの。変異体の棲家で見つかるものと言えば犠牲者の亡骸であるのだが、そういった代物では無いらしい。
部下についていくと、すぐにその妙なものを目にすることが出来た。男は目を丸くする。確かにそれは、妙なものでしかなかったのだ。
松明に照らされているのは、子供の背丈ほどはある階段状の構造物であった。どうやら岩肌を削って造られたらしい。それには変異体の爪の跡らしきものが無数に見ることが出来た。
どれほどの歳月をもって形作られたものなのだろうか? 変異体の執念らしきものが感じられるのだが、注目に値するのは表面の様子だけでは無かった。
段のそれぞれには、妙なものが置かれていたのだ。これもまた爪で削り出したのだろうか。古の土人形にも見える、石造りの何かが無数に並べられている。
一番高い段には、ひときわ立派なそれがあった。対になるのか二体、段の中央付近にきちりと据えられている。
「一体何なのでしょうね? 正直不気味です」
それが部下の感想であったが、男が得たものとは違った。不気味とは思えなかった。これには何か、変異体の思いが……誰かを思っての祈りのようなものがあるように感じられたのだ。
男は思わず、変異体の死骸へと振り向く。
(……悪気は無かったのかもな)
その後、幼女の無事を確認しようと集まってきた村人たちに対し、男は戯れにこう告げた。
「奥には古い祭祀の跡があった。彼女が助かったのは、これの霊験があってのことかも知れないな」
あえて変異体が作り出しものだとは話さず、だからこそだろう。村人たちは不気味だとは思わなかったようであった。かと言って、男の言葉をそのまま信じたようでも無かったが、一種の縁起物としてその存在を捉えたようだった。
以降、男たちが去った後も、村人たちはそれを大事にし続けた。いつしか、それは祈りの対象となった。幼女を変異体から救ったとの逸話もあってか、祈れば子供は厄から逃れることが出来る、無事に成長出来ると人々は信じるようになった。
祈りの輪は広がった。
多くの人々が子供を連れて訪れるようになり、洞窟の周囲は毎日が祭りごとのような活況を見せるようになった。
変異体の残したそれは、今もなお祈りの中に存在し続ける。
とある転移変異体に関する記録~残された異物、及びそれがもたらした影響について~ はねまる@グリスラ9/10発売!! @hanemaru333
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