第4話 雪と故障(5)
「タチアナさん、さすがですね。原因が外にあるとわかるなんて」
宿の大広間で夕食をとりながら、キムが感嘆の声を上げていた。
「こんな雪だから、積もっている影響は多少なりともあるとは思ったけど、まさか切断されているとは思わなかった」
野菜スープを飲みながら、肩をすくめる。
「……犯人、捕まりますかね。嫌がらせでしょうか」
「それはわからない。でも、あれを狙って切ったとしたら……」
その先に続く言葉を飲み込む。
外に出ている管で、あれが全属性分析機器のものだとわかる人間は、ほとんどいない。
高度な魔法使いか、内部の構造を知っている人間くらいだろう。
前者については、魔力が滲み出ている箇所のため、それを察知できれば、あそこから何らかの分析機器に繋がっていると想像できるだろう。
逆に後者立った場合、内部に犯人がいる可能性が高くなる。そうなった場合、色々と面倒なことが起きそうだ。
ハーマンはお茶を飲み干して、その話を切った。
「あとは専門の人間に任せよう。何はともあれ、お疲れさまだった。私の出番はほとんどなかったようだ」
「本当ですよ、ちょっとした息抜きになってしまいましたね」
タチアナがここぞとばかりに指摘をする。だが嫌な顔せず、ハーマンはそれを笑って受け流した。
食事を終えたハーマンは、小さく「ああ、そうだ」と声を漏らした。そして斜め前にいるタチアナに向かって、真面目な表情を向けた。
「タチアナ、まだ局にいる予定なのか?」
「は?」
突然の問いを聞き、揚げたポテトを刺していたフォークを思わず落としそうになった。
「どういう意味ですか? 私はやめるつもりはありませんけど?」
「本当か? それはよかった。課長がタチアナにかなり条件のいい転職先の話がきていると聞いたから」
「ああ、ありましたね。断りました」
さらっと言い流しながら、ポテトを口に入れる。ハーマンは目を丸くしていた。
「本気か? 今よりもずっと待遇がいいと聞いたぞ?」
ある研究機関からの誘いだった。ハーマンが思わずその企業名を漏らすと、キムの目が大きく見開いていた。
全属性分析機器など、様々な機器を扱って分析するところで、かなり有名な研究所であるため、キムも知っていたのだろう。
魔力の察しがよく、分析機器を扱うにも慣れている人間を是非とも欲しいと言っていた。
研究には地道な積み重ねも必要だが、直感が重要視されることもある。
だから、タチアナに白羽の矢が立ったのだろう。
しかし、別にそれだけで惹かれることはなかった。
「別に待遇は局でも十分ですよ。研究所だと人との関わりが少なくなりますし、何らかの論文を書かなければなりません。私、論文書くの苦手なので、研究の道に進まなかったんですよ」
「それは回数をこなせば、書けるようになるだろう」
「そうかもしれません。でも、私は魔法道具を使用している人たちの背景を見ながら仕事をする方が好きなんですよ」
検査する道具は、何らかの理由があった上で持ってこられる。
事故や事件があった理由を聞き、それを元に何がこの道具に起きたのか、解明するのが好きだった。
「それでも、タチアナさんの察知能力を考えたら――」
キムまで転職を勧めようとしている。
普通、逆ではないか。
局から出すよりも、出さないよう、引き留めるのではないか。
「ありがとう、キム君。私の力を見てくれて。でも、今の局だから、たまたまこの能力を上手く生かせていると思う。もし、他のところに行ったら、同じような力を持っている人がたくさんいて、私は自分の力を生かせず、埋もれるかもしれない」
すべてはその時の環境次第だ。
出されたご飯を綺麗に食べ終えると、ハーマンとキムを交互に見ながらにこりと微笑んだ。
「私は今の仕事にやりがいを感じているし、検査機関のメンバーが好きです。それが揃えば、他で仕事をする利点は思いつきません」
どんなに仕事がおもしろくても、一緒に働く人たちが合わなければ、それはそれで苦労する。
もし人間関係が激変し、辛いと思うようになったら、仕事を変えるかもしれない。
だが、今はその状況ではなかった。
黙っていたキムがちらちらとタチアナのことを見てくる。彼に対して、軽く首を傾げた。
「何か?」
「……タチアナさん、もっと自分に色々と教えてくれますか? タチアナさんの目線で仕事をする段階までいきたいです!」
キムの目はやる気に満ち溢れていた。その目を見ると、タチアナ自身も頑張ろうという気持ちになる。
彼の問いに対して、笑顔で返した。
「もちろん」
次はどんな魔法道具を分析するのだろうか。
どんな謎が隠された魔法道具がやってくるのだろうか。
そう考えるだけでも、面白くなってくる。
たとえ辛い案件でも、皆と一緒であれば、乗り越えられるだろうと思った。
了
魔道管局の検査機関 桐谷瑞香 @mizuka_k
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