第4話 雪と故障(4)

 * * *



 タチアナはしばらく椅子に腰掛けて休み、またトリルに煎れてもらった温かいお茶を飲むことで、だいぶ心を落ち着かせることができた。


 キムたちが頑張っているのだから、自分も来ただけのことはしようと思い、立ち上がろうとした。

 その時、地面に雪が落ちる大きな音がした。その衝撃でコップに入っていたお茶の残りが微かに揺れる。

 トリルは目を細めて、窓の先に広がる外を見据えた。


「雪の降りが強くなってきました。あまり遅くなると、かなり積もるかもしれません。今日はあまり長居せずに、宿に向かった方がいいと思います」

「万が一、大量に積もったとして、この建物が明日の朝、入れなくなるということはありませんよね?」


 ハーマンがやや疑い深く聞いてくる。トリルは少し間を置いてから、首を横に振った。


「おそらく大丈夫だと思います。職員で雪かきはしますし、もし一階が積もったとしても、二階から出入りできるようにします」

「雪が多いと大変ですね」

「ええ。それでも今まで何とかやってこれましたし、天気予報を見る限り、今回も大事にはならないと思います。ただ、この古い建物、何かしら異常が起きるかもしれないので、定期的に周辺の巡回は必要になります」


 その話を聞いて、タチアナはあることに気になり、立ち上がった。


「トリルさん、今月はいつ雪が降ったかわかりますか? 毎日ずっと、というわけではありませんよね?」


 トリルは部屋にあったカレンダーに目を向けた。


「詳しくは事務室に置いている記録を見る必要がありますが……、今月は前月よりも降っています。むしろ降っていない日を教えた方が早いかもしれません」

「この機器が壊れた日も、雪は降っていましたか?」

「はい。寒いなと思いながら、これを使って作業しようとしていたので、だいぶ降っていたと思います」

「この機器、実は外に向かって、ある管が伸びているというのは、ご存じですか?」

「え?」


 その反応を聞いて、知らないということが一目でわかった。

 ハーマンとキムはタチアナの指摘を聞き、顔色を変えて、壁の方に視線を向けた。


「全属性を判定するに当たり、内部では大なり小なり様々な魔法の反応が起きています。そこで機器に負荷がかからないよう、反応を外に逃がすために、管が外部に繋がっているのです」


 機器の裏側に回り、下から外へと伸びている管を見つけた。その管をそっと指で触れた。何も感じない。

 それはむしろおかしいことだった。

 トリルに向かって、振り返る。


「この先を見せてもらえますか?」




 防寒着を着て、フードをかぶり、足下に気をつけながら、ゆっくりとした足取りで外を歩く。

 雪の降りは先ほどよりも強くなっている。


 トリルに案内されて、建物の背後に回った。先ほどの機器の裏側に当たる部分だ。

 そこを見て、タチアナは思わず声を漏らした。


「やっぱり……」


 近づこうとすると、細かな雪がぱらぱら落ちてきた。

 顔を強ばらせて、顔を上げた瞬間、キムとハーマンの声が重なった。


「守れ!」


 四人を覆うようにして、透明な膜ができあがる。その上に雪が大きな音をたてて、落ちてきた。

 雪は膜に当たると、じゅっと溶ける音がするなり、水となって消えていった。


「ありがとうございます……」

 屋根からずり落ちた雪が降ってきたのだ。あの量を直撃すれば、怪我をするかもしれなかった。

 気をつけていたつもりではあったが、僅かな気の緩みが命取りになる場所だ。


「あまり長居をするべき場所ではない。確認したら、早めに切り上げよう」


 指摘をしたハーマンに同意するよう、首を縦に振る。

 タチアナは外に伸びていた管があった部分を指で示した。


 本来ならば、雪の影響を受けないよう、二階の部屋から出ていた管は、壁伝いに上へ進み、三階よりも上に先端が伸びているはずだった。


 しかし、今、管の部分は二階から出た直後に雪で覆われていた。

 タチアナが火の魔法を使って、その雪を溶かすと、部屋から出たばかりの壊れた管の先端が現れる。

 三階へとあがっていた管と繋がっておらず、管の上に雪が積もっている状態だった。


「雪で覆われていたことで、魔法の反応を逃すことができず、動かなくなったようですね。……それよりも、この管が壊れたことの方が問題です」


 タチアナは先端を指さした。


「雪などによる破壊ではないと思います。鋭利な刃物で切られた跡があります。誰かが切ったのではないかと」


 トリルは眉間にしわを寄せた。


「それは……問題ですね。しかるべきところに連絡して、対応してもらいます。――あの、この雪さえなければ、機器は動かせるのでしょうか?」

「その可能性は高いですが、動かしてみないとわかりません。あと、今後も雪は降り続けるでしょうから、この部分に雪が積もらないよう対応しないといけません」


 鞄から小さな傘を取り出す。それを開いて、管の先端部分を覆うようにくくりつけた。

 持ち手に付いているスイッチを押すと、じんわりと熱が帯びる。


「これは雪を寄せ付けないようにする魔法道具です。降ってきても、すぐに溶かしてくれます」


 試しに拳大の雪の固まりを落とすと、傘にあたるなり、音をたてて水になった。


 この傘の魔法道具は小さいものから大きいものまである。

 今回使用したのは、かなり小さい部類にはいるものだ。あまり大きいと持続性が利かず、すぐに魔力が枯渇する。

 そのため場所が決まっているのならば、小さい方が使い勝手がいいのだ。


「とりあえずこれを設置した状態で、機器の様子を見ましょう」


 雪がさらに強くなる前に、四人は部屋へと戻った。



 トリルが全属性分析機器の電源を入れる。そして手近にあった、鏡の魔法道具を四角い台の上に置いた。

 説明書を見ながらボタンを操作し、”開始”と書かれたボタンを押した。

 一同は息を飲んで、その次に起きることを見守った。

 機器が稼働する音が響く。ここまではできていたという。


 やがて、台の上部にあった照明から光が放たれ、その光に当たった道具の解析が始まった。

 四人の口から安堵の息が漏れた。これで最後まで分析できるかどうか、待つのみだ。


 結果がでるまでは数時間かかる。待っていると日が暮れてしまうため、明朝に確認することになった。

 トリルは何度もお礼を言ってきた。

 タチアナたちは、結果がでるまでは油断はできませんといって、一旦その建物を後にした。

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