第4話 雪と故障(3)

 * * *



 タチアナが十歳の頃、住んでいた場所では珍しく大雪が降った。両親は仕事で出かけていたため、一人で留守番していた。

 暖房器具をつけて、学校で出された宿題をこなしていると、突然部屋が真っ暗になった。

 慌てて光を発する石に手をかざして魔力を込め、手元を明るくする。それを両手で持って、歩き回った。


 天井近くの壁に付いていた暖房器具も止まっている。電気の供給が止まり、動かなくなったのだろうか。

 ただ、この暖房器具は魔法道具でもある。止まってしまっても魔力を込めれば、多少なりとも動くと、説明書を読んだ両親に言われていた。


 そこで火の魔力を暖房に向かって軽く込めた。しかし、何も反応はなかった。

 魔力が少なすぎたかと思い、集中して力一杯込めると、ぱちんっと音がした。一瞬何が起きたかわからず、その場で固まってしまう。

 そのため跳ね返ってきた何かに対して、かわすことができず、当たってしまった。


 瞬間、全身に電撃のようなものが走った。

 為す術もなく、タチアナはその場に倒れ込む。全身がまともに動けなくなった。

 この状態は危険だと察していた。

 だが、助けを呼ぼうにも声が出せなかった。


(魔法が反射された……? 変な魔法がかかっていた……? なら、どうして説明書には、魔力を込めてもいいと書かれていたの……?)


 意識が朦朧とする中、タチアナの頭の中ではそれらの疑問が渦巻いていた。

 やがて意識が途切れた。




 次に気が付いたときは、病院のベッドの上だった。横を見ると、母親が涙をこぼし、父親がほっとした表情で立っていた。


「よかった、タチアナ、意識が戻って! 魔道管局の人がいち早く見つけてくれなかったら、かなり危険な状態だったそうだ」

「……な、何があったの?」


 起き上がろうとしたが、目眩がしたため、すぐに体をベッドにつけた。


 父親の話によれば、周辺を歩いていた魔道管局の職員が、違和感がある魔力衝突を関知したため、緊急で部屋に入ったところ、ぐったりと倒れているタチアナを見つけたらしい。

 すぐに反射された魔力を抜き取り、病院に運んだため、命に別状はないとのことだった。


「詳しいことは暖房器具を検査すればわかるらしいが、おそらく何らかの魔力が手違いで込められていたため、それが衝突して、余波がタチアナに当たったのだろう、と局の人は言っていた」

「そうなんだ……。私が魔法を上手く扱えなかったのが原因ではないの?」


 探知は得意ではあるが、実際に行使するとなった場合は、まだ安定して使うことができなかった。

 父親は間髪置かずに、首を横に振った。


「それはない。魔力の残滓から、タチアナの魔法のかけかたは適切だったと言っていた」


 残滓だけでそこまで見極めるとは、いったいどんな人がタチアナを助けたのだろうか。

 おそらく相当魔法に長けている人間ではないだろうか。


 会いたかったが、到着した両親に事情を話すと、すぐに出て行ったそうだ。

 仕事が忙しいとのことだったが、タチアナを病院に連れてきて、医者に任せれば、そこで仕事は終わりではないだろうか。

 なぜ、待っていたのだろうか。


「私を助けた人、どんな人だったの?」


 その問いに対して答えたのは母親だった。


「ハキハキとした女性の方。わかりやすい説明だった。おそらく仕事もできる方でしょうね。自分も子供がいるから、とても心配したって」

「そうなんだ……」


 是非、命の恩人に会ってみたかったと、強く思った。




 経過は良好であり、翌日には退院できた。

 現場での処置が適切だったためだと、医者は何度も言っていた。


 その後、例の暖房器具は局の道具検査課に押収され、検査を受けることになった。そして欠陥品だったという事がわかった。


 水属性の余計な魔力が根深く込められていたため、火の魔法をかけたことで、反発してしまったという事だ。

 説明書や認可が下りるときは特に問題がなかったため、市場に流通する前に何らかの加減で魔力が混入してしまったのではないかと推察された。


 これらは事故があった後、局の人間から教えられたこと。

 その後、暖房器具は問題のないものが、家に納品された。




 これから先は新聞記事で知った内容だ。


 タチアナの事故をきっかけに、その暖房器具を製作した工場に立ち入りが入った。

 そして驚くべき事に、ある時期以降に製作した物については、水属性が若干ながらもすべての製品に含まれていたという事実が分かった。


 理由としては、経費削減のためだという。


 魔法道具は大きさに合わせて、適切な量の魔力を込めなければならない。

 そうしなければ道具はきちんと動かないだけでなく、魔力の隙間があったために魔法が暴走してしまう可能性があるからだ。


 今回の型の暖房器具には、暖かくするために火の魔力、温風を流すために風の魔力が込められている。

 本来ならその二属性だけで、適切な量の魔力を込めるべきだった。


 一方、水の魔力を器具の奥深くに込めることで、火と水が反発し、そこに何もない空間が生まれることがわかっている。

 その空間には魔力を込めることができないため、器具の中で魔力が無い部分が生まれることになるのだ。


 魔力を込めなければならない部分が少なくなるということは、その分お金がかからなくなり、全体的な経費を削減できる。


 だが、水属性の魔力があるということは、仮に外から火の魔法をかけると反発する可能性は高かった。


 実際に調べてみると、タチアナのように反射しただけでなく、暖房器具自体が壊れたという事例もあった。


 目先の利益だけを追い求めた工場は、対象の暖房器具を回収することになった。

 その後の結末は書かれていなかったが、忘れた頃に倒産したという見出しを見たことがあった。



 それ以後、魔法道具を使う際には説明書をよく読むのはもちろんのこと、通常とは違う風に扱うときには、慎重になるようになった。


 さらに魔力探知の才能を伸ばすことで、その慎重さは増した。

 すべての企業が利益だけを追い求めているわけではないとわかっている。

 人々の生活を豊かにするために、頑張っている企業があるのも知っている。


 だが、うわべだけは良いことを言って、本当は利益しか考えていないのではないか――という考えが脳裏をよぎると、就職先を考える際、民間企業にまで足が向かなかったのだ。


 その点、魔法道具管理局は公の機関、利益よりも人々の生活を第一に考えている。そしてそこにはタチアナを助けた人物もいる。

 いつか会ってみたい――と思い、同時に自分の能力を生かせると思ったから、魔法道具管理局に入局したいと強く思ったのだ。



 綺麗事を言っていると、鼻で笑われるかもしれない。

 それでも、その信念だけは静かに持ち続けたかった。

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