酒カス女と男の娘のひな祭り

朝昼 晩

酒と汚部屋とひな人形

 三月三日。

 今日は桃の節句とも呼ばれるが、桃の花が咲くのは旧暦のほうらしい。ネットで調べただけだから、私もよく知らないけど。

 そしてもっと言えば、ひな祭り。そう、女の子が主役の日である。

 そんな可愛らしい日に、私はというと、

「ぐがー」

「……」

 足の踏み場が見当たらない、いわゆる汚部屋に上がっていた。

 言っておくが、私の部屋ではない。ここは、そこで寝こけている女性のものだ。

 彼女とは、私の働くコンセプトカフェで出会った。それからいろいろあって、彼女のお世話をするようになったのだ。

「リンさん、起きてください」

「んあ?」

 なんとか体を揺すり、彼女を起こす。彼女からは、酒の匂いがぷんぷんした。どうやら、遅くまで飲んでいたらしい。

「あー! マリちゃんじゃん! 今日もフリフリでかわいいねぇ!」

 まだ酔ってる。どんだけ飲んだんだ、この人。

「また片付けに来てくれたの? いつも悪いねー」

「いや、それは全然いいんですけど……」

 正直、部屋の掃除は嫌いじゃない。それに、ここにはゴミしか散らばってないから、ゴミ袋に突っ込めばいいだけだ。

 だけど今は、ゴミ以外のものが気になる。

「……なんでひな人形飾ってるんですか?」

 視線の先、リンさんの隣には、ひな祭りの象徴であるひな人形が飾られていた。しかも五段。いつもは部屋の全てを占領しているゴミが、三分の二ほどまで小さくなっている。いやそれでも多いが。

「あぁ~これねぇ、親に送って貰ったの」

 ひな壇をバシバシ叩きながら、彼女は言う。ガタガタして崩れそうで怖い。

「ほら、あたしもうすぐ二十九だからさー」

「はぁ」

「結婚、したいんだよねぇ」

「あぁ……」

 たしかひな人形は、嫁入りの道具だとかなんとか(これもネットで調べた)。そこまでして結婚したいのか。

「でもリンさん、これひな祭り終わるまでに片付けないと、逆効果じゃないですか?」

「うん、だからさー」

 リンさんは正座をし、上目遣いでこちらを見つめる。

「マリちゃん、片付けて?」

「ふざけんなぶん殴るぞ」

 こんなに萌えない上目遣いは初めてだった。

「やるわけないでしょ、そんなこと! 自分でやったんだから自分で片付けてください!」

「えぇ~、あたし昨日組み立てるので疲れたからやりたくなーい!」

 だからこんなに飲んでたのか。いや、いつもこれくらい飲んでるわ。

「やってやってやって~~~~!」

「トイザらスにいるガキか! だから結婚できないんですよ!」

「おっと、言ってはいけないことを言ったねぇ。そっちがその気なら、こっちにだって手があるよ」

 真顔になったリンさんが、ゆらりと立ち上がる。

「あんたがだってこと、言っちゃおうかなぁ~?」

「!」

 私の体から、血の気が引いていく。

 そう、私、マリは

 それも、とびきり可愛い女装男子だ。

 あまりに可愛いので、試しにバイトを、性別を偽って応募したところ、トントン拍子に受かってしまい、今ではお店のエースとまで呼ばれるようになった。

 だと言うのに、このリンとかいう女は、私を一目見ただけで、男だと見破った。

 その時以来、彼女はこのことをネタに脅し、女装の姿で部屋の掃除をやらせるようになったのだ。

 マジで、だから結婚出来ないんだよ。

「ひ、卑怯者……!」

「くくくっ、なんとでも言いなぁ! あたしはそれをツマミに酒を飲むからよぉ~」

「鬼! 悪魔!」

「ふっふっふ」

「クズ人間! アル中! 生涯独身女!」

「えぇ、言い過ぎじゃん、こわぁ。脅されてる自覚あるの……?」

 彼女は涙目になりながら酒を飲む。くそっ、ツマミになれば、なんでもいいのかよ。

「ってかそうじゃん、マリちゃん男じゃんね」

 何を思い付いたのか、リンさんは再度正座になり、今度は真剣な瞳で私を見る。

「マリちゃん、私と結婚してください」

「嫌に決まってんだろ、正気か?」

 脳みそ、アルコールに浸し過ぎだろ。

「えー、なんでよいいじゃん結婚してよぉ~」

「するわけないでしょ、脅してくるような人と!」

「じゃあ雛人形片して」

「く、くっそぉ~!」

 選択肢は二つに一つ。私は、しぶしぶひな人形の片付けに取りかかった。

 とはいえ、ただでさえ仕舞うのが大変なひな人形だと言うのに、これは他人の家のものである。どこにどう仕舞えばいいのか、さっぱり分からない。

「なんで私がこんなことを……」

 あまりの辛さに泣きそうになる。

 そして、そんな私を眺めながら酒を飲むリンさん。

 許せん。一生指輪のサイズ、間違えられればいいのに。

「あ、そうだ」

 と、私が呪いの念を送っていると、何かを思い付いたように、彼女がスマホを取り出した。

「どうしたんですか?」

「んにゃ、電話しようと思って」

「誰に?」

「君んとこの店長」

「はぁ、…………はぁ!?」

 突然の人物過ぎる。何故、今そんな人と?

 てか、なんで番号知ってんだ。

「いやぁ、思い付いちゃったんだよねぇ、マリちゃんを手に入れる方法」

 彼女が、ドヤ顔で言う。

「それは、君が男だってバラしちゃえばいいのさ!」

「…………」

 気でも狂ったんか。脅しの意味なくなるじゃん。

「君が男だってバレればさー、あの店クビになって、お金に困っちゃうよねー」

「お、落ち着いてください、早計過ぎますよ!」

「そしたらぁ、あたしが君と結婚してぇ、養ってあげるの!」

「あんたフリーターだろ、なんで養えると思ってんだ!」

 酔っ払いのせいで職を失うのは嫌だ!絶対に阻止しなければ。

「い、一旦ケータイ置きましょ、リンさん」

「もしもしてんちょー? マリちゃん男だってー」

「手遅れ!」

 あの店長、ほぼノータイムで電話にでやがった。

 終わった、私の楽しいバイト生活……。

 グッバイ、みんな。グッバイ、美味しかったまかないのオムライス。

「いや、ホント信じらんな、…………え、知ってる?」

 ピクリ、と耳を澄ます。

「むしろお店に貢献してくれてて助かってる? お店の子たちからの評判もいい?」

 リンさんの顔色が蒼白になっていく。

「ゆくゆくは副店長に? そんであたしは出禁!? 絡み酒したからって、ちょっとそれどういう、あっ切れたチクショウ!」

「…………」

「…………」

 部屋の中が静かになった。

 ひとまず私は、帰宅するために立ち上がる。

「ま、待って、マリちゃん!」

 震える声で呼び止められる。

 仕方ない、最後くらい話を聞いてやろう。

「せ、せめてひな人形片付けて……」

 捨て犬のように、リンさんが私を見つめる。

 そんな彼女に私は、慈悲深くこう言った。

「イヤです♪」

 今日は楽しいひな祭り。ここのひな人形は、まだしばらく飾られていそうだ。

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酒カス女と男の娘のひな祭り 朝昼 晩 @asahiru24

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