激チョロヒナちゃんは流されない

SEN

本編

「子どもの健やかな成長を願って雛人形を海や川に流す。これを流し雛って言ってね、お父さんとお母さんがよくやってくれたんだ。さーって流されていく雛人形が面白くて、いつかまたやりたいって思ってたの」

「うん」

「だからね、ヒナちゃんがやってみようって言ってくれた時は凄く嬉しかったの。それでまた流し雛が見れるのが楽しみで昨日は眠れなかったんだ」


 そうしてニコニコと語りかける少女の言葉にもう一人の少女が頷く。一見微笑ましい光景だが、もう一人の少女の心境は穏やかなものではなかった。


佐倉さくらが楽しいのは行く伝わったわ。でもね、私はおかしいと思うの」


 今まで沈黙を貫いていた彼女だったが、このままではまずいと思い、覚悟を決めて口を開いた。


「なんで私が流されそうになってるの??」


 彼女らが住む街に流れる川。穏やかな水流とは裏腹に、ヒナと呼ばれる少女の心境は困惑に包まれていた。彼女は両腕と両足を縄で拘束されたうえで小舟に仰向けで乗せられており、服装も彼女が知らないうちに赤い着物に着せ替えられていたようだ。十年来の親友である佐倉の考えが理解できない彼女は、素直に説明を求めた。


「なんでって、流し雛をするんでしょ?」

「だから、それでなんで私が流される羽目になってるの!?」

「うちの妹の健康を願って」

「そういうことは聞いてない! なんで雛人形じゃなくて私なの?!」

「雛人形って高いじゃん」

「それで納得すると思ったか?」

「じゃあ、ヒナが雛人形みたいに可愛いから」

「ふぇ……じゃない!! 誤魔化すな!」


 佐倉の甘い言葉に流されそうになったヒナだが、こうして物理的に流されそうになっている状況は看過できなかった。鋭いツッコミを受けた佐倉だが、ケロッとした表情のままヒナの激情を受け止めていた。


「これが本当の流しヒナ」

「やかましい。ほら、早く解いて」

「それだと流し雛できないじゃん」

「雛人形でもなんでも買ってあげるから!!」

「ヒナじゃないときっと私の妹の厄を受け止めきれないと思う」

「どんだけ厄いのよあんたの妹!」

「よほほ、聞いておくれよ妹の話を」


 なんとか拘束を解いてもらおうと交渉、もといツッコミを続けるヒナだが、佐倉はそれに応じるつもりはない。どうやら妹に事情があるようだ。佐倉は涙を流すような仕草だけして、声色は安定したまま語り始めた。


「可愛い可愛い私の妹は、ココ最近ずっと不運なの。道を歩けばバナナの皮で滑り、ベンチに座っていたら犬におしっこをかけられ、出かけた時は必ず落とし物をするの。そんな不運な妹の厄を払ってあげたくて……」

「そんな事情があったのね。それなら……」

「まぁ嘘だけど」

「さくらぁ!!」


 つらつらと嘘を述べた佐倉にヒナがキレ散らかす。こんな分かりやすすぎる嘘に騙されるヒナもヒナであるが、ここにそれを指摘する人間はいない。


「正直に言うと、ヒナを川に流したら面白いだろうなーって思っただけ」

「私で遊ぶな!!」


 佐倉の本音は誠実さのカケラもない、圧倒的遊び心だった。


「こんな格好で流されたら世界仰天ニュースになっちゃうわよ」

「アンビリーバボーだね」

「だまらっしゃい。というか、いつの間に私をこんな格好にしたのよ。意味わかんないんだけど」

「催眠術だよ」

「催眠術?」


 ヒナの疑問に佐倉はヒモに括り付けられた5円玉を見せて答えた。しかし、そんなトンチキな答えで納得するはずがなかった。


「ありえないわ。私が催眠術なんかにかかるわけないじゃない」

「それ、かかる人の物言いだよ」

「またどうせ佐倉の嘘に決まってるわ」

「はぁ、仕方ないなぁ」


 信じようとしないヒナ対して、佐倉はヒモに括り付けた5円玉を揺らした。


「ヒナは雛人形の代わりになーる、ヒナは雛人形の代わりになーる……」

「ひな……にん……なが……す……」

「うん。これでよし」


 佐倉が5円玉を揺らした瞬間、ヒナの目は虚ろになり、視線は5円玉を追うようになった。ヒナはそれを確認すると5円玉を止め、同時にヒナの目に光が戻った。


「さて、ヒナのお望み通り船から降ろしてあげようか」

「え? なんで?」

「なんでって、ヒナが言ったんだよ」

「意味がわからないこと言わないで。これから流し雛するんでしょ。私を流さなくてどうするつもりなのよ」


 ヒナは常識を説くかのようにそう言って見せた。ここまで綺麗な即落ち二コマはなかなか見られないであろう。このチョロさを佐倉は気に入っていて、幾度となくヒナを愛玩してきたのだ。


「流し雛はもういいや。家に帰って一緒にひなあられとかちらし寿司食べよ」

「はぁ? せっかく協力してあげようと思ったのに。まぁいいわ。ちょっと小腹も空いてたし」

「うんうん。それじゃあ帰ろっか」


 佐倉はヒナの拘束を解いて、二人で一緒に河川敷を後にした。そして帰り道の途中で催眠を解除して、一般的な常識を持つヒナに戻した。


 佐倉の本当の目的は流し雛をすることではなかった。彼女の本当の目的は、自分の催眠の効果であり得ない状況を受け入れるヒナを見ることで大好きな彼女への独占欲を満たすことである。


 チョロすぎるヒナは他の子に言い寄られたらきっと流されてしまうと佐倉は考えている。だから、催眠ひとつでこの子は自分の思いのまま、この子は私のものであると思うことでその不安をかき消しているのだ。


「ヒナ、ちらし寿司あーんして」

「自分で食べなさいよ」

「大好きなヒナちゃんに食べさせてほしいの」

「……しょうがないわね」


 チョロすぎる。こんな性格でこの先生きていけるのだろうか。好きと言っただけで顔を赤くして自分の要望を叶えてくれた親友に対して、佐倉はそう思った。


 しかし、それが間違いであることを佐倉は知らない。ヒナはチョロいのではなく、大好きな佐倉に対して激甘なだけなのだ。催眠にすぐかかるのも、佐倉のすることなら全て受け入れると言うヒナの心理が由来であり、他の人がやってもヒナは催眠にかからない。


「んー、おいしい!」

「ふふっ、そうね」


 桃の節句、普通じゃない流し雛をやろうとしたヒナと佐倉は、普通にひなあられとちらし寿司に舌鼓を打った。

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激チョロヒナちゃんは流されない SEN @arurun115

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