第12話 秋のイチョウ並木に行きました

「え、外出可能⁉」

「うん。零一とミサキちゃんでお外デート。短時間だけだし、私やヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社ロボット開発事業の社員たちも数人、後をついて歩くけどね。それでも良ければ」


 夏休みが終わり、学校が始まり。そして、ミサキの高校の定期試験も終わったあと、朝比奈がやってきて、ミサキに言った。


「え、え、え、でも、零一君、外気温とか大丈夫なんですか? まだ、外は暑いですよ? オーバーヒートとか起こすんじゃあ……」

「あ、だから、すぐにではないんだ。もうちょっと秋が深まったころ」

「ということは、十月……いや、十一月くらい?」

「遠出もできないけど」

「じゃ、じゃあ! 動物園とかイチョウ並木とか? 行きたいです!」


 朝比奈はちょっと考えた末に言った。


「動物園は……ちょっとまだ無理かな。人が多そうだし。イチョウ並木……、うん、野球のスタジアム辺りの公園なら」

「わあ!」


 まさか、お外デートが出来るとは思わなかった。


「昔の洋館風の建物とか、カフェとかおしゃれなショップとか、冷やかしながらイチョウ並木を歩くのって素敵ですよね!」

「……ミサキちゃん、元気だねぇ」

「ふふふふー。楽しみ~」

「日程調整するからちょっと待っててもらうけど」

「はい! 朝比奈さん、ありがとう!」


 パタパタと走るようにして、ミサキは零一の前に進む。


「零一君! 手を繋いで歩こうね!」

「……はい、ミサキさん」


 夏に泣いて以来、ミサキと零一の距離感は少しだけ変わっていった。

 それは、言葉に出してはっきりとここが違うと言えるものではないかもしれない。

 だけど。

 手を繋いだり、額を合わせたり。

 触れられる距離にいることが増えた。

 恋人同士の距離感……というよりも、二匹の子猫がじゃれあったり離れたりしているようなものだと、朝比奈などは思うのだが。

 あれもしたい、これもしようと、零一に言っているミサキを微笑ましく朝比奈は見ていた。

「あ、」

「ミサキさん?」

 いきなり考え込んだミサキに、どうしたんのかと朝比奈も零一もミサキを見る。


「あのー、写真、撮ってもいいですか?」


 ミサキが朝比奈に聞いた。


「写真? 零一の?」

「はい。学校の文化祭で」

「うわー……。文化祭って単語がすでに懐かしいねえ。ミサキちゃん写真部だったっけ」

「はい。写真、ポストカードに印刷して、それ、販売するんです。一枚十円とかで」

「うーん、アイドルのブロマイドみたいなのはダメだけど、風景写真に入り込んでいる人物的な感じなら許可もできるかな……。顔が映らない、背中の側からとかなら……」

「やった! じゃあイチョウとレトロモダンな洋館を背景にしたオシャレ写真、撮りまくります! そこにちょこっと零一君って感じで!」

「表に出す前に、データ、私に見せてください。これは外部に流出できないと判断したものに関しては、データ消去させてもらうから」

「わかりました!」



        ***


「うっわー! どこもかしこも黄色!」


 浜横市の誇る歴史的建造物。キングやクイーンと言ったあだ名がつけられている行政施設が立ち並ぶ街路。観光パンフレットやガイドブックでおなじみの場所だ。

 一年中、秋の一の時期になると、油絵の大きなキャンバスやスケッチブックにイチョウ並木の様子を描いている人が何人も現れる。もちろんスマホで写真を撮る人も多い。

 まるでヨーロッパのようなレンガ造りの重厚な建物。その塔の部分が夕方になるとライトアップもされる。クリスマスイルミネーションほどではないが、それを目当てに来る観光客も多い。


「夕方近くになっちゃって、ごめんね」


 本当は昼間のうちに、零一とミサキの外出デートが行われる予定ではあったのだが。

 朝比奈たち社員のミーティングが長引いてしまい、そのあと社員たちは食事をとりに出かけ……。結局、ミサキと零一が外出できたのは、三時のおやつタイムをすぎたあたりからだった。


「大丈夫です。夕方のライトアップ、キラキラで、逆にイイかもー」


 ミサキはいそいそとカメラを取り出した。


「あれ? スマホじゃないんだ?」

「はい! このカメラ、学校の備品ですけどね。借りてるんです。古いカメラですけどねー」

「あ、文化祭のために?」

「そうです!」


 へへー、と笑いながら、ミサキはカメラを構えてみた。ファインダーを通してみる景色は、自分の目で見るのとはちょっと違って見える。


「段々と夕方に近づいてくる空の青は紺色みを増してきて。そこにイチョウの葉っぱの黄色と、建物のライトアップの光。うーん、インスタ映えーってカンジ? ポストカードに印刷するから売れるといいなー」


 パシャパシャと音を立てて、ミサキがシャッターを切る。


「ねー、零一君。あっちの建物の前、ゆっくり歩いてくれないかなー」

「いいですよ」


 カメラマン気取りのミサキに、零一は気楽に、道路を渡っていく。

 建物や街灯を見ながら散歩をする感じで、ゆっくりと歩き、そして、横断歩道を渡って、ミサキのほうへと帰ってきた。


「ふふふー、風景写真に紛れて、零一君の写真ゲット! なーんてね!」


 零一の写真……とはいえ、メインは古い洋館とイチョウの写真だ。その洋館の前を通り過ぎる零一など、写真用紙にプリントアウトしてみれば、きっと小指の爪の先ほどの大きさしか映らない。


 ミサキは、それでも、よかった。


 写真の中とは言え、ここに、零一が、いる。

 存在証明のようなもの……、そう、ミサキには思えた。


「あ、そうだ、朝比奈さんが写真撮ってくれませんか?」

「はい? わたしがですか?」

「イチョウ並木をまっすぐに撮影する感じで。その並木を、わたしを零一君で手を繋いで歩いて行きます。その、後ろ姿を取ってほしいです」

「後ろ姿……」

「はい。顔はあんまり表に出さないほうがいいんですよね?」

「もう、厳密に、完全シャットアウトってわけじゃないですが。それなりに企業秘密的なところに抵触しないようにという感じですね。まあ、多少はオッケーですが、流石に文化祭で零一のドアップ写真は売り物にはできませんねえ」

「ですよねー」


 最初の応募の動画も。ミサキが採用となった時点で既に削除されていた。

 完全に秘密にするようなものではないのだろうけれど、あるていどの時点になるまで、零一のことを大々的に表に出すようなことはしないという方針だと、契約書にも書かれていた。


 ミサキはカメラを朝比奈に渡すと、零一の側に小走りに向かう。


「イチョウ並木をメインに写真撮ってください。零一君、一緒にあっちまで歩いてから、戻ってこよう!」

「はい」


 ミサキと零一は手を繋いで。イチョウ並木をまっすぐに歩いて行った。

 たわいもない話をしながら。

 時折、道に落ちているイチョウの葉を踏んで。

 その様子を、朝比奈は何枚も写した。

 何枚も、何枚も。

 ある程度の距離を歩いて行って、それから、ミサキと零一が手を繋いで歩いてくる。顔を見合わせて、何やら二人で笑っている。

 距離があるから、朝比奈にはミサキと零一の話の内容までは聞こえない。

 けれど。

 思わず、朝比奈は、二人の顔を、アップにして写真を撮ってしまった。

 そのデータを消そうとして……。その手を止めて、そのまま朝比奈は、その写真のデータを保存したままにしてしまった。

 動画サイトで、零一の『恋愛相手』を探す。

 人間の感情を理解するのであれば、単なる話し相手やサンプルケースを募集するのではなく、深い関係を結べる相手のほうが良いと、そういう判断だったのだ。

 ミサキと付き合い始めてからの零一は、人間の感情を分析して理解することが実に滑らかになった。

 おかしな受け答えなどは全くせず、相手を思いやる発言、態度……などもすることができる。

 ミサキは、想定していた以上に、理想的だった。

 零一の得たデータに加えて理学療法士や作業療法士的なデータもインプットしたロボット……、ゼロツー、ゼロスリーを稼働することも可能な域に達している。


 患者のリハビリ指導は無理でも、リハビリのサポート、補助はもう問題がないだろう。


 このまま、冬になって春まで、更に膨大なデータを得ることができる。

 予定通りに。予定以上に。


 だが……と、朝比奈は思う。


 ミサキは、本当に零一を思ってくれた。


 元々の期待通りとはいえ……最近は、ミサキに対して申し訳ないと思う気持ちも強くなってきた。


 一年間、好きという感情を抱かせて、そして別れさせる。


 春になれば。零一からすべてのデータを取り出して、それはゼロツー、ゼロスリーに移植していく。

 零一の役目は終わり。

 資料として、零一の体は保管はされる。

 だが、データの収集後は、廃棄処分にはならないまでも、きっと起動させることはない。


 人間でいえば、植物人間状態になって、病院に入院したままのようなものだろうか。


 写真の中のミサキと零一は楽し気に笑う。

 このデータがミサキの手に残ることが、本当にいいのか悪いのか。

 朝比奈には判断がつかなかった。


「朝比奈さーん、写真、ありがとうございました!」


 ミサキがパタパタと走ってきた。

 そして、朝比奈を見上げた。


「……? どうかしました?」


 不思議そうに、首を傾げるミサキ。

 朝比奈は「いいえ」と首を横に振った。


「秋という季節やイチョウの散る様子は、人をセンチメンタルにさせる……と、少々思っていたんですよ」

「あはははは。バリバリ理系の朝比奈さんでも、情緒的なこと、言うんですねえ」

「そりゃあ、私も人間ですから」


 消さないままのデータに関して、何も言わず、朝比奈はカメラをミサキに返した。

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