ひなまつりの祭壇

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

ひなまつりのさいだん

 私がその学校があることに気がついたのは、あるインターネット企業のマップからでした。航空写真を何気なく見つめて、山の奥の奥、木々の谷間の中に屋根のようなものを偶然に見つけたのです。

 廃屋めぐりを趣味としている私は、その建物にひどく惹かれました。木々の具合から年月を経ていることは理解でき、容易に廃墟であることが想像できます。ですが、安易な気持ちで手を出したのが間違いでした。


 見つからないのです……。


 古い学校便覧にも、古地図にも、郷土史にも、紙媒体から電子媒体まで、ありとあらゆる文献を探りましたが、確認することはできません。

 気になってしまい見つかるまで探してしまうのは人の性なのでしょう。

 私は掲示板の同志たちに航空写真をアップロードして、知らないかと問い合わせてみたのです。ものの数秒で反応がありました。どれもこれも訳せば「すぐに消せ!」と。罵詈雑言で誹謗中傷のような反応から、丁寧に危険だから消すようにと諭す者までさまざまです。

 私はすぐに消して謝罪しました。受け入れてくださった皆さんが口を揃えて、「関わるな」を連呼し、理由についても聞くなとおっしゃいます。

 私はどうしても知りたくなりました。恐怖心より疎外感の方が優ってしまったのかもしれません。皆が別の話題を投稿して尋ねる私の書き込みを消すように下げてゆく中、1人の方がこっそりと個人チャットで連絡をくれました。


「本当に知りたいですか?」

「はい」


 数度のやり取りを交わして、やがて、ここでは書けないので、直接会いましょうとの話で纏まり、春先の3月3日、名古屋駅地下の古めかしい喫茶店で私とその方は初めて顔を合わせました。


「どうも、伴野といいます」

「葛城です、ご足労をおかけしてすみません」


 そんな挨拶を交わしながら、互いに珈琲を頼み手元に来たところで、初老男性の伴野さんが鞄から数冊の紙質の悪い本を机の上に置きました。


「私は防衛研究所のある部署で働いています」

「はぁ?」


 不審な顔をした私に彼は背広のポケットから、警察手帳のような自衛官手帳を取り出して、私に読めるように見せつけました。


「今回、私が出向きましたのは、大変危険な事柄に葛城さんが巻き込まれるのを阻止するためなのです」


 重たい口調で伴野さんは言ってから、手元に置かれた冊子を指差しました。表紙には次の通りに書かれていたと記憶しています。


 内務省警保局図書課 段々村詳図:特別指定

 特別高等警察 段々村村民 聴取記録:極秘

 陸軍省憲兵司令部 段々村破却記録:極秘


「ひなまつりをご存知ですか?」

「え?」


 店内のカラフルに印刷された特別メニューを指差して伴野さんは呟くように口にします。まるでそれを口にするのが憚れるとでも言いたげに、それが私にはひどく恐ろしいことのように聞こえました。指差しされたメニュー表の男雛女雛の和かな笑顔とは裏腹にひどく冷たい響きを伴っていました。


「では、順番にお話致しましょう」


 紙質の悪いガリ版ズリの内務省警保局図書課 段々村詳図:特別指定を開き、数ページを捲ってゆきます、ちらっと見えたのは、それはただの地図ではなく、各家々の室内までが記されていました。飛ばし飛ばしでしたが、ちらっと見えた中には必ず「雛壇」「雛人形」と記され、✖︎が打たれていたと思います。

 やがて伴野さんの手が止まると、そこに記載がありました。「段々村国民学校、内部資料、教練場」と右上に表記され、下には生徒達の体格輪郭線が描かれています。

 

 それは7段飾りの雛壇を模したものでした。

 1番下段から教諭と思われる大人が座り、上段に上がるごとに年齢が下がってゆきます、最上段には〇〇〇〇 〇〇〇〇と2人の男女児童の名が記されておりました。違和感を抱いたのはこの時です、男雛、女雛の横に括弧書きで「別人」と記載されていたのです。


「気がつかれましたか?」

「別人と言うのは……」


 私の動きが止まったのを見て、伴野さんはそう言ってニヤリと笑いました。


「段々村と言うのは、山深い故に民間伝承が色濃く残る土地柄でした」


 次の冊子、特別高等警察 段々村村民 聴取記録:極秘 を開くと、再び数頁をめぐり、やがて〇〇〇〇、〇〇〇〇 とあの最上段の児童名が記載された頁を開きます。

 2人の両親からの聴取記録のようで、出自から成長に至るまでが、事細かに記されていましたが、似顔絵が開かれた途端、私の背筋はぞっとしました。顔全体に巨大な目玉が1つギョロリと描かれています。

 鼻も口も何もありません。目玉だけがギョロリと描かれているのです。身の毛がよだつほどに写実的に描かれたそれは私を酷く動揺させました。


「村では、神の目、と呼ばれていたそうです」

「神の目ですか?」

「ええ、ここにそう記録が」


 昭和〇〇年村内馬小屋ニテ出生、神ノ目トシテ崇メタトスル……と、確かに聴取記録に記載があります。


「この記録は、村民を隣村に連行して聴取したものなのです」

「それはつまり段々村で聴取をしていないと言うことですか?」

「はい。そこで聴取するには大変な危険があったのです」


 最初の頁に戻ると事件の概要らしきものが記載されていました。確かこの様な内容であったと思います。

 昭和〇〇年3月1日、隣村より段々村街道沿いにて眼球と舌を抜かれた性別不明の遺体が発見されました。

 指紋などからそれは東京から派遣された憲兵本部に所属していた行方不明の憲兵と分かり、不穏分子による殺害事件として大々的に憲兵が派遣され、段々村に対して組織的な捜査が行われたのです。


 所謂、憲兵殺しの殺人事件の捜査です。


 ところが、それは表向きで、派遣された憲兵は特別機関所属であり、呪術や霊的なモノを調べることに特化した人間でした。もちろん、それそうなりに心得もある者です。2年前に大きな一つ目をした雛人形が下流域に数体ほど流れつき、それを不審がった下流の人々が警察に届け出て、やがて、それは憲兵の知ることとなったのです。それを手にした機関の人間はそれが大変危険な呪物であることを察知し、上流部で崖崩れがあった段々村から流れて来たモノだろうと目星をつけ、憲兵を数人派遣したのです。ところが、定期連絡は届くものの、その内容は要点を得ず、長期の潜入捜査を必要とすると記載されておりました。やがて連絡が途絶え、追加の人員を派遣しようとした矢先にその遺体が発見されたのです。

 護符を鉄兜の裏や軍服内に仕込んだ憲兵が小銃を手にして村にトラックで乗り付けると、ちょうど村ではひな祭りの最中でした。数台のトラックから降りた憲兵たちは村の各住居の玄関先を蹴破っては、次々と家々に押し入り、村民を家から引き摺り出しました。そして、そのひな壇を見つけたのです。


 最上段に顔全体にぎょろりとした一つ目を持つ男雛と女雛を。


 村長の家から、駐在の家、はたまた、退役軍人の家に至るまで、それは飾られておりました。

 そして学校へと指揮官を伴った憲兵が乗り込み、妙に外側が飾り付けられ、香の匂いが酷く漂う教練場(体育館のようなもの)の扉を蹴破ります。

 そこで、指揮官以下の憲兵が見たものは、ひな壇で正座をして白目を剥いた教員と生徒、最上段に死んでしまい腐った顔をした小さな亡骸を座らせようとしている一つ目二童の存在に気がつきました。


「撃て!撃て!殺してかまわん!」


 指揮官の命令し拳銃を発砲すると続いて兵士が小銃を撃ちました。一つ目の男童には当たりませんでしたが、一つ目の女童には弾が命中しくらりと倒れたために指揮官はそちらに狙いを定めて全ての弾を打ち尽くし、銃声が止むと男童の姿はなく、床に張り付くばった女童の亡骸は、やがて溶けて消えてしまった。

 村全体が汚染されていると考えた指揮官は村人をトラックに押し込むと、村外へと連れ出して厳しい取り調べを行い、その時に初めて村人たちは魅せられた一つ目の雛人形を見せられて、口々にこんなものを飾ったりはしないと吐き捨てるようにいったとのことでした。うちの飾っていたのは綺麗な笑い顔の雛人形であったと、村人はそう口にします。「きっと呪詛で操られていたのだろう」と憲兵たちは同情しましたが、夜を迎えると村人達は村の方角へ一斉に向き、次々と崩れ落ちるようにして大人から子供まで死に絶えたのです。


「雛人形と関連性がいまいち分かりませんね」

「でしょうね、これは同行していた特高刑事が書いた報告書のようなものですが、これだけでは判断がつきませんよね、最後に、これを読んでください」


 陸軍省憲兵司令部 段々村破却記録:軍極秘 と記された冊子が最後に開かれます。

 そこには憲兵隊が行った作戦内容が詳細に記載されていました。

 村の役場と神社へ日中へ捜索に入った憲兵隊は資料を根こそぎ回収して積載すると村を後にした。必ず各班ごとに行動し単独行動、二名での行動は厳にこれを慎むべきとの指揮官訓示を守り、誰かの視線を常に浴び続けながら、帰路に着く際には役場、学校、家々に火を放ち、村全てを焼き尽くす様にして撤収した。

 回収された資料の中に、一つ目の神様の記載があり、それは生き神であり、毎年の桃の節句、3月3日にひな壇のような祭壇を拵えては、その段々に座った人々の寿命と生気を奪い、自らの寿命と生気へと変える儀式を行ったらしい、段々という村名もそのような儀式からついたらしいが詳しいことを知ろうにも村人は全滅してしまったために分からず、村とその周辺を禁足地として厳密に閉鎖したとのことだった。


「寿命と生気?」

「神だからと不思議でしょうか、生き神なのです、生きていかなければならない、だから、人から吸い、人から奪うということです。ひな壇は一番上に男雛、女雛が並ぶでしょう。祭壇としては一番向いた代物なのです」

「つまり、自ら捧げる様にして……、そう、まるで吸い取られる様にして……」

「ええ、ご想像の通りです。彼らから見ればひなまつりは素晴らしいことでしょうね、祭壇で祀られ馳走に溢れた文字通りのお祭りなのですから」

「でも、それと訪れるのと……」

「まだ、ご理解いただけませんか?祭壇は全て消えてしまったわけではないのですよ」

「え?」

「あなたが見つけた、学校の建物、あれは教練場です」

「まさか」

「そう、祭壇は全て破却できていないのです。校舎は燃えてしまいましたが、教練場は何故か残りました。何度も憲兵が火をつけに向かいましたが、その全てが未帰還となりました、その理由がこれです」


 板野さんが二枚の写真をポケットから取り出すと、私の前にそれを置きました。


「現代技術は便利ですね、ドローンで撮影した建物の外観と遠方からですが内部を撮影したものです」


 校舎や運動場があったと思われるあたりは鬱蒼と木々が茂っているのに、教練場は時が止まったように綺麗なまま。押し入った際に壊された戸口の前から奥へと撮影された内部写真には、雛壇の下段で軍服を纏い白骨化した憲兵の姿が写っています。そしてその上の段には四人のパーカーを着た若者の姿がありました。


「なにか気がつきませんか?」

「憲兵が帰ってこない理由は分かりましたが……」

「いえ、そうではなく、二枚とも建物が綺麗すぎやしませんか?」

「……」

「送り込まれた憲兵は10人、そこに並ぶのは何人です?」

「5人……」

「残りはどうなっているのか、そして、ここ数年であなたと同じように興味を持った若者グループが失踪しています。女性は九人男性が四人、途中で引き返した男性と女性に聴取したので人数は間違いないと確認できています」

「それは」

「雛壇の構成はご記憶にありますか?」

「一段目:男雛女雛、 二段目:三人官女、三段目:五人囃子、四段目:随臣(二名)、五段目:仕丁(五名)……、いや、でも、五人囃子は男だった……」

「生き残ったのは男神ですよ」

「あ、女官の五人囃子」

「そういうことです、ご理解頂けてなによりです。もう、この件は忘れて頂けますか?」

「はい……」


 伴野さんは冷めた珈琲を飲みながら、やがてポケットからさらに一枚の写真を取り出して私の前に置く。


「最後にこれをお見せしましょう、これで絶対に忘れたくなるはずですから」


 それはドローンが木々の茂りで隠れてしまった村の中心を流れている川を撮影したものだ。

 一糸纏わぬ姿の丸坊主の軍人と金髪茶髪の若者達、そして長い黒髪が綺麗な女性、その隣に一つ目の男神の全員がこちらを睨みつけているのだった。

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ひなまつりの祭壇 八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子) @suzunokisuzunoki

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