第20話 先輩視点

夜の研究室は静かだった。

時計の針が遅い時間を指し、蛍光灯の白い光だけが私の手元を照らしている。ノートにペンを走らせながら、ふと息をついた。


——今日も、会えないままかな。

そう思った瞬間、


コン、コン。


軽くノックする音。

この時間に? もしかして——。

ドアが開く音がして、ゆっくりと彼が現れる。


「遅くまで残ってたんですね」


...なんで、こんな顔してるの。


彼の目は、まっすぐこちらを見ていた。いつもはどこか遠慮がちだったり、戸惑いを含んでいたりするのに、今日の彼の瞳には迷いがない。

心臓が跳ねる。


「...どうしたの?」


問いかけながら、察してしまう。きっと、彼は今夜、何かを決めてきた。


「告白の続きをやらせていただけないでしょうか」


喉が震えそうになった。

その瞬間、胸の奥で何かがはじけそうになるのを感じる。


やっと。

やっと。

やっと、この言葉を聞けた。


平静を保とうと、ゆっくりとノートを閉じる。椅子を回して、真正面から彼を見つめる。


「うん、聞くよ」


落ち着いた声を出せていたと思う。でも、その実、内側ではどうしようもないくらいの歓喜が駆け巡っていた。


「俺、ずっと考えてました。義務のこと、先輩のこと...」


彼の言葉を待つ。


「...でも、そんなこと関係なく、俺は——」


どうか、お願い。

祈るような気持ちで、彼の声を待つ。


「先輩が好きです」


その瞬間、世界が揺れた気がした。


——本当に?

その言葉が、私のためのものでいいの?


「...義務がなくても?」


どうしても聞かずにはいられなかった。


「はい。俺にとって先輩は、ただの義務を果たす相手なんかじゃない。支援のこととか、精子提供のこととか...そんなの全部関係なく、俺は、先輩に惹かれています」


ああ、ダメだ。

嬉しすぎて、何かが壊れそうになる。

それを必死に抑え込む。


彼の気持ちを試すようなことはしたくなかった。けれど、どうしようもなく、重たくて、抑えきれない感情が私の胸の中で渦巻いていく。

こんなに長い時間、待っていた。


ずっと、ずっと、心のどこかで求めていた。

彼の言葉が欲しかった。


「...そうなんだ」


やっと、絞り出す。

それ以上言葉を重ねると、胸の奥に隠していたものが溢れそうだったから。


「正直、いつかこんなふうに言ってくれるんじゃないかって、少しだけ期待してた」


少しだけ、なんかじゃない。

本当はずっと、ずっと欲しかった。

ほかの女へけん制をかけ、彼に悪い虫が近づかないようにと、会えない時もずっと気にしていた...


でも、彼は悩んでいた。私がどれだけ手を伸ばしたくても、彼が答えを見つけなければ、私たちの間にあるのが愛情であると感じてもらわなければ意味がない。

だから、待つしかなかった。


「でも、こうして自分の答えを持って来てくれた。それが何よりも嬉しいよ」


微笑む。

私の心はもう、限界だ。

嬉しさだけじゃない。

欲しくて、欲しくて、たまらない。


彼が。


彼の言葉が。


彼の存在が。


好きで好きで、たまらなかった。


だからこそ、今はまだ、優しい先輩をしなくちゃいけない。

彼が困ってしまわないように。


—私の愛はきっと、重すぎる。


まだ、押しつけるわけにはいかない。

いつか彼が私の愛を知り、受け入れたいと思ったとき、もしくは私から逃げられない状況になった時をまだ待たなければ。


「...私もね、蓮くんのことが好き」


声が震えそうになるのをこらえて、微笑む。


「希少な男の子だからってだけじゃなく、蓮くん自身が好きなの。真面目で、不器用で、でもすごく優しくて...そんな蓮くんのことを、ずっと想ってた」


言葉を紡ぐほどに、抑え込んでいた想いが膨らんでいく。

この気持ちを、どこまで伝えていいのか。

どこまで彼を抱きしめてしまっていいのか。


「...葵先輩」


名前を呼ばれた瞬間、涙が出そうになった。


こんなにも。


こんなにも、彼を求めているのに。


それを全部、今ここでぶつけてしまったら、きっと彼は困ってしまう。


だから、もう少し。


もう少しだけ、優しく。


「うん」


そっと手を伸ばして、彼の手を取る。


「だから、これからはもう遠慮しないで」


できる限り穏やかに。

それでも、彼の手を握る力は、ほんの少しだけ強くなった。


(...本当は、今すぐ全部をぶつけたいのに。)


夜の研究室。


静寂の中で、抑えきれないほどの想いを、私はそっと噛み締めていた。


「蓮くんが、そんなふうに思ってくれてたなんて、嬉しいな」


そう言った瞬間、先輩の心の奥で何かが弾けた。


——嬉しい。


我慢しなければと考えていたが、彼とお付き合いできるという事実に言葉が見つからないほどに、心が震える。

胸が苦しくなる。嬉しくて、愛おしくて、やっぱり抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。


それでも。


——これで足りると思う?


そんなわけがない。

今まで積み重ねてきた私の感情が満たされると思う?


蓮くんが悩んでいる間、私はずっとずっと君のことを考えていた。

君の表情を、仕草を、声を、すべてを頭の中で反芻しながら、どれほどの夜を過ごしたと思う?


ようやく言ってくれた。

その言葉を、どれほど待ち望んでいたか。


—足りない。


こんなものじゃ足りない。

もっと欲しい。


私のことを好きだと言うなら、それを言葉だけじゃなくて証明してほしい。

私のことを想っているなら、それをもっと強く、もっと激しく示してほしい。


「...そっかぁ」


なんとか、穏やかな声を保つ。

でもきっと、瞳は誤魔化せていない。

だって、こんなにも心が熱いのに。


指先が、勝手に伸びそうになる。


——ダメ。


今ここで爆発させてしまったら、きっと蓮くんは引いてしまう。


抑えなきゃ。

まだ、この熱をすべて見せるわけにはいかない。

だから、せめて少しだけ。


「んふふ、なんだか可愛いね、蓮くん」


彼の手をそっと包み込む。

温かい。

このぬくもりと、これから一緒に生きられるんだ、もっと感じていたい。


「蓮くん、もう一回、言ってくれる?」


どうしても、もう一度聞きたくて。

今度はしっかりと噛み締めて、その言葉を私の中に刻み込みたくて。

そして、彼がもう一度言葉にしてくれた瞬間。


胸の奥に押し込めていた熱が、じわりと広がる。


—嬉しい、でもまだまだ足りない。


「...うん、私も、蓮くんのこと、好きだよ」


優しく微笑みながら、手をぎゅっと握る。


本当はね。


蓮くんの全部を、私だけのものにしてしまいたいくらいに、好きなんだよ。


—でも、それは、まだ秘密。


だから、もう少しだけ。

この想いを、優しく隠しておこう。



蓮くんとのお付き合いが始まり、私たちはくすぐったく少しもどかしい日々を過ごしている、我慢しなきゃいけない部分はあるけれどやっぱり幸せだな...


—そして、そんな私たちを待っていたかのように、彼のポケットにある封筒が目に入る。


「精子提供義務未履行のお知らせ」


(さて...どうしようかな...)


この知らせをきっかけに私たちの関係が少し変わるのは、また別のお話。





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ここまで読んでくださりありがとうございます、

これでこのお話は一旦完結となります。


この続きはお知らせしていた通り、作成中のDL同人に続きます。

イチャイチャがメインなので本作の暗い部分は引き継がない想定です。

続きはR-18なので苦手な方はお気を付けください。

出品はおそらくFANZAとなります。


作成進捗など今後上げていきますので

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改めて、ここまで読んでくださりありがとうございます。


すこマロ

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貞操逆転世界で悩む大学生の話 すこマロ @sukomaro45

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