ガキといびつなにぎりめし

青空爽

第1話

 朝になり、高校へ行く準備を終えたら、母親に声を掛ける。


「じゃあ、行ってくるー」


 母親はパタパタとこちらに走って来てから「行ってらっしゃい、高成たかなり」と見送ってくれた。

 ついでと言わんばかりに、いつもの通り隣のガキについて付け加えることも忘れない。


「高成。芽衣めいちゃんと一緒に高校行くのよ? 一人で行ったらダメだからね」


 うへぇ。また芽衣のことかよ。俺はうんざりしながら分かったと言い、家を出た。

 家から出ると、すぐ隣の家に向かう。

 呼び鈴を鳴らすと、すぐに芽衣のお母さんが出てきた。


「いつも悪いわねぇ。高成君。すぐ芽衣を呼ぶからねー」


 そう言って、部屋の中に向かって、「芽衣ー! 高成君が来たわよぉ〜!」と叫ぶ。

 すると、部屋の奥からトットットと軽快な足音が近付いてきた。足音の主は、こちらを見るとニコッと笑い、俺に飛び付いてくる。


「おはよう。高成」

「おい。抱き付くなよ。暑苦しいだろ」

「えへへー」


 この頭の悪そうなガキは芽衣と言う。芽衣は俺の幼馴染だ。

 芽衣のお母さんは、あらあらと言って微笑ましいものを見るような優しい視線で俺たちを見ている。


「芽衣は本当、高成君のことが大好きね。――高成君、ごめんね、今日も芽衣のこと宜しくお願いします」

「あ、はい」


 俺は芽衣の腕を引っ張りながら、ほら、行くぞと言って歩き始める。

 なぜ俺がわざわざ芽衣の家に来て、一緒に学校に行ってやるかと言うと、それは芽衣が俺と一緒じゃないと学校に行きたくない! と駄々をこねたからだ。

 芽衣はバカなので、学校が嫌いなのだ。学校に行くくらいなら、引きこもりになってやるー! と暴れたので、芽衣の両親はほとほと困り果てていたらしい。

 どうしたら学校に行くの? と聞いたところ、高成が一緒に行ってくれるなら、学校行く! と言ったので、仕方なく俺が駆り出されたのだ。

 さいわいと言うか、不幸と言うか、俺と芽衣は同じ高校だ。それで、芽衣の両親に何度も謝られながら、俺は芽衣と学校に行くのを承諾したのだ。


 あー面倒くさい。

 なんで俺が芽衣なんかと学校に行かなきゃ行けないんだよ。芽衣がいなきゃ、もっと時間ギリギリまで寝ていられるのに。

 そう思いつつも、芽衣が甘えたように俺の腕にしがみ付き、「高成ー」と名前を呼ぶと、なにも言えなくなってしまう俺なのであった。


※※※※


 昼メシの時間になったので、購買でパンを買いに行こう財布を握った。すると、「私も行くー」と言って芽衣が付いてこようとした。そんな俺たちを見ながら、隣の席の山之内が話しかけてきた。


「久保君っていつもパンだよね? それじゃあお腹空かない?」

「腹減るよー。だから放課後になると死にそうになってる」

「そうなんだ」


 それだけ言うと、山之内の顔はなぜだか真っ赤になった。モジモジと身体を揺らし、なにか言いたそうだ。

 俺は山之内の次の言葉を待っていた。すると山之内はギュッと目をつむり、大きな声で叫んだ。


「じゃ……じゃあさ! 明日から私がお弁当作ってあげようか!」

「へ?」

「一個作るのも二個作るのも変わらないからさ!」

「マジ?」


 俺が喜ぼうと顔を綻ばせたところで、俺と山之内の間に芽衣が割って入ってきた。


「ダメ」


 俺はムッと口を尖らせた。


「なんでお前にダメとか言われなきゃいけねーんだよ」


 そう言って俺は、ものすごく軽く芽衣の頭をはたいた。芽衣はプンプンしながら俺を睨む。


「だってそんなことしたら、高成が山之内さんのこと好きになっちゃうかもしれないじゃん。だからダメ!」

「はぁ!?」


 そんなこと言うなよ! 山之内は善意で弁当作ってくれるって言ってるんだぞ!? 俺が好きになるとか関係ねーだろ。

 俺がそれらを力説しても、芽衣はダメ、ダメと繰り返すばかり。山之内はと言うと、真っ赤になってうつむいている。ほら、意識させちゃったじゃねーか。山之内……ごめんな。


「お前には関係ねーだろ! 黙ってろ!」

「関係あるもん! 高成はあたしの高成なんだもん!」


 このガキャァァァ……!

 俺は怒ってぐしゃぐしゃと芽衣の髪をかき混ぜた。

 そんなことをされたのに、芽衣はなぜか嬉しそうだ。

 このままじゃ埒が開かん! 俺は芽衣のサラサラの髪の毛から手を離し、山之内を見つめた。


「山之内、さっきの話だけどさ。山之内がいいって言うのなら、弁当作って欲しいな」

「だからダメー!」

「うるせーな! お前は黙ってろよ!」

「じゃあ、あたしが作る! あたしが高成のお弁当作るから、山之内さんのお弁当は食べないで!」

「なにぃ〜?」


 芽衣が弁当なんか作れるわけねーだろ!

 家事なんて一切やらないって、この前おばさんが嘆いてたんだからな。

 だが、芽衣は引かなかった。

 あたし、お弁当くらい作れるもん! と言い張って聞かないのだ。

 すると、今まで真っ赤になって黙っていた山之内がボソボソと口を開いた。


「私だって……、久保君にお弁当食べてもらいたいもん……」

「ダメだもん! 高成はあたしのお弁当を食べるんだもん」


 その言葉で、山之内はキレたのかガタンっと席から立ち上がった。


「芽衣ちゃんは! いつも久保君のこと独り占めしててずるいよ!」

「だ、だって……! 高成はあたしの高成だもん!」

「芽衣ちゃんのものじゃないよ! 久保君は、誰のものでもないの!」

「……」


 芽衣は目に涙を溜めながら、山之内を睨んだ。

 それから、ふんっと鼻を鳴らして教室を飛び出してしまった。

 残された俺と山之内は、気まずそうに見つめ合う。


「なんか……。芽衣がごめんな……」

「どうして久保君が謝るの!?」


 どうしてって言われても……。俺は芽衣の保護者みたいなものだし……。


「とにかく明日、久保君にお弁当作ってもいい?」

「あ、あぁ。ありがとう。悪いな」


 この流れで、いや、作らなくていいよ。とも言えず、俺は曖昧にうなずいたのだった。


※※※※


 次の日の昼。

 山之内はそれはもう立派な弁当を作ってくれた。

 俺は美味い美味いと言って完食し、弁当箱を水で洗って山之内に返した。

 芽衣はと言うと……。

 予想通りと言うか、弁当を作ってこなかった。

 やっぱりな……と思ったが、芽衣の弁当を食ってみたかったなという残念な気持ちもあった。

 今日は芽衣と一緒に登校しなかった。俺が家に行ったら、先に学校行っちゃったのよ、と困惑顔のおばさんに言われたのだ。

 芽衣のやろう……。拗ねているのだ。

 ほんっとう! ガキなんだから。

 呆れながらも俺は、放課後になってから芽衣に話しかけた。


「芽衣。一緒に帰ろうぜ」


 芽衣は不貞腐れたような表情で俺を無視している。仕方ねーなぁ。


「帰りにチョコ買ってやるよ。だから一緒に帰ろうぜ」

「……。うん」


 芽衣と一緒に下駄箱に向かう。

 靴を履き替え、校門を抜ける。しばらくするとコンビニが見えてきたので、ちょっと待ってろと言ってチョコを購入する。


「ほら」


 チョコを受け取った芽衣は、泣きそうな表情をしながらありがとう……と言った。

 しばらく二人で家まで歩く。

 すると、途中で芽衣がうずくまってしまった。

 どうしたのかと思い顔を覗き込むと、芽衣は泣いていた。


「ど、どうしたんだ!? 芽衣」

「だって高成が優しいんだもん……」


 困った俺は、よしよしと芽衣の頭を撫でてやってから、近くの公園に移動した。

 ベンチに座らせてやり、俺も隣に座る。

 芽衣はグスグス鼻を鳴らしながら小さな声でつぶやいた。


「本当はあたしも、お弁当作ったの……」

「え?」

「でも、山之内さんのお弁当見たら、自分のお弁当が恥ずかしくなって、渡せなかったの」


 そう言って芽衣はふえ〜んと泣き始めた。

 泣いている女の子を慰めるには、どうしたらいいんだ? 非モテ男の俺は、どうしたらいいのか分からなかった。とりあえず俺は、芽衣が泣き止むまで待つことにした。

 しばらくすると、芽衣の泣き声が小さくなった。

 もう話しても大丈夫かなと思い、俺は口を開いた。


「その弁当……もう捨てちゃった?」

「え?」

「食いたいんだけど」


 俺の言葉に、芽衣は大きな目を更に大きく見開いた。

 しばらく迷ったようにモジモジと手を動かしていたのだが、意を決したようにカバンを漁り始めた。

 カバンの中から、ラップに包まれたおにぎりが出てきた。

 形がいびつで、無駄にデカイ。

 俺は、芽衣らしいなぁーと思い、ちょっと笑ってしまった。

 おにぎりを受け取り、食っていい? と聞くと、芽衣はおずおずとうなずいた。

 ラップを剥がして、大きなおにぎりにかぶり付く。

 程良い塩がきいていて、優しい味がした。

 芽衣は不安そうな表情で俺を見つめる。


「美味しい?」

「うん。美味いよ」


 徐々に芽衣の口角が上がってゆき、花が咲いたようににぱっと微笑んだ。


 本当に美味いよ。

 美味いに決まってるだろ。


 好きな子が俺に作ってくれた弁当なんだから。

 そう言いそうになったが、俺は慌てて口をつぐんだのだった。

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