狂気と絶望の街角

辛巳奈美(かのうみなみ)

狂気と絶望の街角

雨の夜、蓮は茜をいつものように待ち伏せていた。二人はもと、会社の同僚であった。街灯の仄暗い光が、茜の濡れた髪を照らす。街路樹の葉が風に揺れ、雨粒が地面に激しく叩きつける音が響く。薄暗い路地に灯るネオンライトが、ぼんやりとした幻想的な光景を作り出している。遠くで車のエンジン音がかすかに聞こえる中、街の喧騒が遠ざかり、静寂が二人を包む。


蓮は茜を一方的に愛していた。いや、愛していた、という過去形では言い表せないほど、深く、狂おしいまでに愛していた。それは、茜が彼を振り切ったあの日から始まった。彼女の優しさ、笑顔、すべてが蓮にとっての光だった。だが、茜は彼を受け入れなかった。その理由を、蓮は理解できなかった。ただ、彼女を奪われた、という怒りと絶望だけが募っていった。


茜が蓮を受け入れなかった理由は単純で明確だった。彼は彼女の心を理解せず、自分の欲望を押し付けるだけの存在だったからだ。茜は、自由でありたいと願っていた。彼女は、愛する相手と対等な関係を築きたいと願っていた。だが、蓮は彼女を所有物と見なしていた。彼の愛は重く、息苦しいものでしかなかった。それが、茜が蓮を受け入れなかった理由だった。


「茜……!」


蓮は、震える手で茜の名前を呼ぶ。彼の声には、切実な思いが込められていた。茜は、彼の狂気に染まった瞳に恐怖を覚えた。雨のせいで人が少なく、逃げることもできない。彼女の心臓は激しく鼓動し、冷たい汗が背中を伝う。蓮は、茜を壁に押し当てた。


「僕を置いて行かないでくれ…お願いだ…」


涙を浮かべながら、蓮は懇願する。しかし、その言葉には、愛というよりも、所有欲と執着が渦巻いていた。彼の感情は、もはや制御不能であった。茜は、彼の胸元で震える自分の身体を感じ、吐き気がする。彼女の中で、かすかな希望が砕け散る音がした。


「離して…あなた…怖い…」


茜の言葉は、蓮の耳には届かなかった。彼の狂気は、彼女を飲み込もうとしていた。雨は激しく降り注ぎ、二人の姿は、闇に染まっていく。蓮は茜を抱きしめ、二度と離さない、と心に誓った。その誓いは、愛ではなく、所有の呪縛だった。茜の絶望の叫びは、夜の雨音に消えていった。

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狂気と絶望の街角 辛巳奈美(かのうみなみ) @cornu

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