もう大丈夫ありがとう

かねおりん

もう大丈夫ありがとう

「随分と長く大事にしてもらえたわねぇ、あなた」




「他所ではすっかり忘れられてカンカンだと耳にしたものだがね、お前」




「あの日ここで初めての御式を挙げてから、今日まで本当に色んな事があったわね」




「御髪を乱されたり、嫁入り道具を失くしてしまったり、首が取れてしまった事すら懐かしいものだな」




――――――


「ねぇ、おばあちゃんこれはなぁに?」




小さな女の子だったあたしの目の前には七段飾りの雛飾りが毎年丁寧に飾られては雛あられや、菱餅、甘い白酒におばあちゃんが作ってくれるちらし寿司でお誕生日でもないのにお祝いをしてもらえることが嬉しかった。




「あんたの幸せを願って、あんたに降りかかる悪い事から守ってくれるお人形さんたちよ」




あたちを守ってくれるお人形さんたち。




「あたちをまもってくれるんだね」




良くは理解していなかったその頃はお雛様にお化粧をしてあげようとしたり、当時流行っていた海外のお人形のようにロングヘアーにしてあげようとしたり、お風呂に入れてあげようとしたりとせめてもの感謝の気持ちを表そうとしていたものだ。




散々おばあちゃんに止められて、大事には至らなかったものの、お雛様やお内裏様たちはハラハラしていたのではないだろうか。




そして今、あたしはこの人形たちをこの先どうするべきか悩んでいる。




昔のように毎年飾り付けをすることはこの先難しいだろう。




―――――――


「あの子も随分と大きくなって、どうやらわたくしたちの出番は御仕舞いになりそうですね、あなた」




「まぁ、それが我らの責務を果たした時というものでもあるのだから良しとしよう、お前」




「あの子はもうわたくしたちが身代わりにならなくても、自らの力で厄災から身を守れるほどになっていると信じましょう」




「そうだ、守られてばかりでは自立などできないものだ、信じて身を潜めている事も大事な役目かもしれない」




――――――


学校を卒業し、就職を機におばあちゃんと過ごしたこの家を出ることになったあたしは引っ越すための荷物を作っている途中に見つけた雛飾りたちに戸惑い、荷造りの手が止まったままだった。




「あれま、まだ全然荷造り終わってないのかい?」




そう今にも言われそうだが、さてどうしたものか。




今まで学校で虐められた時も、母親だと名乗る人から暴力や罵倒を受けた時も、守ってくれたのはおばあちゃんだった。




そんなおばあちゃんが毎年必ず飾ってくれた雛飾りたちがきっとあたしを守ってくれたのだろう。




とりあえず、ネットで調べてみたら、人形供養なんてものもあるらしい。




「供養か、厄をいっぱい吸ってくれてるんだもんね」




そう思いながらも荷造りの為押し入れの中をゴソゴソとしていたら、次から次へと違う雛人形が出てくる事、出てくる事。




ガラス細工の雛人形やら、竹で作られた雛人形やら、全部で10カップルを超えるお雛様とお内裏様。




そういえば、七段飾りの他にも至る所に親王飾りがあったような思い出も蘇る。




丁度桃の節句が近い、出したついでと言っては申し訳ないけど、一斉に飾ってスマホで写真を撮っておこう。




七段の段を作るだけでもまぁ、大変で、お人形をしまっていた箱たちを土台にして板を乗せなんとか作り上げ、あれ?お雛様とお内裏様ってどっちが右だったっけ?とこれまたネットで調べるが関東と関西で違うなど混乱するばかりだったので、




アルバムを開き当時の写真たちを見ながら飾り付けてみた。




おばあちゃんは毎年こんなに大変なことをやってくれていたんだな。




そう思いながらアルバムをめくり続けると、じわりじわりと増えて行った雛人形たちも現れてきた。




写真を見ながら、すべての雛人形を飾り終え、スマホで写真を撮った。




達成感を得てただ一言




「もう大丈夫ありがとう」そう人形たちに呟くと、




「あれま、荷造りどころかこんなに散らかして明日には引っ越しだってのに、これじゃ嫁に行けなくなるわい」と夕飯の買い物から帰ってきたおばあちゃんに呆れられた。




「ねぇ、おばあちゃん今日の夕飯なあに?」




「こんだけ飾ったんならちらし寿司にするしかないわな」と笑ってくれた。




「なんでこんなにいっぱい雛人形あるの?」とおばあちゃんに聞くと、




「ばあちゃんは、あんたの母さん産む前に流産で産まれて来れなかった子が何人か居てな。その子らがもし女の子だったら天国ででも幸せでいてほしいからこっそり飾ってあったんだわ」




「もし男の子だったらどうしたの?」




「あんた雛人形だけ見つけて、よく五月人形は見つけなかったもんだわ。五月人形まで飾られてたら、季節外れの菖蒲湯にでもせにゃならんかったわ」と笑ってこれまた沢山の五月人形の箱を見せてくれた。




そういえば子供の日にもなんだかんだと人形は飾ってあったけど、あれはデフォルトの飾りなんだと勝手に思っていた。




おばあちゃんはあたしにそっと手の平サイズのお内裏様とお雛様を手渡して、




「あんたの事を守ってくれたお人形様だ。ここに置いて行ってもいい。連れて行ってもいい。でも、もう自立するんだからこれから先は守ってもらえない。自分の身は自分で守る、それか誰か守り守られる人を見つけてばあちゃんを安心させてくれ」




そう言って、引っ越しをしてから毎年、持たせたスマホで新しく買ったお内裏様とお雛様、五月人形を送ってくるおばあちゃんに、騙されたと気づいては笑って過ごしその日は自分でちらし寿司を買って食べるのだった。




桃の花が微笑む季節には必ず思い出す。




――――――


「思い出してもらえるだけわたくしたちは幸せ者ですね、あなた」




「そうだ、お前と一緒にここに来て幸せ者だ」




「あらあら、そんな答えが返ってくるとは露知らず頬を赤らめてしまいそうですよ」




「ぼんぼりの灯りも消して夫婦水入らずでこれからも一緒に過ごしてくれよ」




おしまい

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