ひなまつりにトリの降臨があったり

銀色小鳩

ひなまつりにトリの降臨があったり

 会社終わりに、同僚の皆堂に勧められたスーパーに寄った。昼食を買いにくることはあったが、会社帰りに寄るのは初めてだ。昼にきたとき、ひなまつり商戦の真っただなかで、いつもより美味しそうなお惣菜が並んでいたので、ゆっくり選んで何か買って帰ろうと寄ってみたのだった。

 入ってすぐの所には、香ばしく焼き上げられたパン。もうすこし行くと、道明寺、よもぎだんご、といった和菓子がいつもより多めに並んでいる。ケーキ類の棚には、桃のジュレの乗ったプリンやパフェ。いつもよりもややピンクを意識した品揃えだ。


 ピザも美味しそうだな。


 そう思った時、ポケットの中のスマホが震えた。見ると芽生からのLIMEだった。


 ――ちらし寿司でいい?


 ひとことだけだったが、多分、芽生も同じようにスーパーで材料を見繕っているのが伺えた。

 まじか。ちらし寿司作るつもりなのか、芽生。


 大学時代から二人でルームシェアしている芽生は、なんというか……大変女子力が高い。ちらし寿司も彩り豊かで芸の細かい飾り切りなんかもしてきそうなやつなのだが……どうにも作るものがヘルシーだ。美味しいのは美味しいのだが、芽生の作るものがずっと続いたら「油……肉……」と呻いてしまいそうになる。

 芽生に電話をかけた。


「当番、私じゃなかったっけ?」

「ひなまつりに当番があおいだと、家の中で食い倒れツアーみたいになるよね?」


 くそ! 芽生め、覚えてやがった。

 去年のひなまつり、私は最寄り駅のスーパーやコンビニをはしごした。手毬寿司も可愛いし、お祭りだから鶏肉も、ポテトも要るし、海老のタルタルソースも手招きしてくる。桃のジュレ入りのシュークリームも食べたい、見ているうちにお腹が減ってきて、見るもの全てがごちそうに見え――実際、ひなまつり商戦のせいで、確かに並んでいるのはごちそうだったのだが……家のテーブルにそれを並べたとたんに、芽生にキレられた。


 なに考えてんの! しんっじらんない! こんなに食べられないでしょ、ちょっとは選ぶってことしないの!? 無理でしょ!


 別に――食べきれなかったら冷凍すればいいし……そんなに怒らなくても!


 私は芽生に、食べられるところを見せてやろうと思い、そして、実際に、「食い倒れ」た。食べてしばらくしたらお腹が膨れてきて苦しくなり、あろうことか、気持ち悪くなってきて、吐いた。

 テーブルで唸っている私の背中を芽生はさすり続けてくれた。優しい。行動はかなり優しいのだが、口からは容赦ない毒が放たれ続けていたのも覚えている。


「今回は、あんなには買わないよ」

「どうだか」

「ちらし寿司と、あとは、何にするつもりなの?」

「ちらし寿司だけだけど? ああ、あと、ゴボウサラダ」


 ゴボウ……サラダ!? ひなまつりに!? せっかくのお祝いなのに!?


「ちゃいろい」

「マヨネーズも入れるよ?」

「なんか、ちがう。私が買っていくからいいよ」

「じゃ、きんぴらにしよう」


 なんで! なんで、ひなまつりに!? ゴボウサラダは好きだよ。美味しいよ。でも、今日は特別にこんなに美味しそうなものが並んでいるというのに、わざわざ「いつものゴボウ」を食べなくても良くないか?


「なんでゴボウ?」

「お腹にいいから。どうせあおいは昼もスーパーでひなまつりっぽいデザートとか買って食べたよね? 贅沢したよね? ここで抑えめなものにしておかないと、またお腹が痛いって唸るよね?」


 なんだコイツ。昼の私の行動まで、なんで把握してんだ。こえーよ。


「唐揚げがいい」

「ちらし寿司と、ゴボウ」

「唐揚げ……」

「もう色々買ったから、何も買わずに帰ってきて」


 未練がましく、芽生に訴える。


「唐揚げ……」

「もう充分準備してあるから、何も買わずに帰ってきて」


 私はぺしゃんと凹み、部屋でゆっくり食べる用にポテトチップスだけを買って帰路についた。


 果たして、家に着くと、テーブルに芽生がちらし寿司とキンピラゴボウを置くところだった。

 色々買った、ってこれか……。

 テーブルにちょこんと乗った雛あられと金平糖。やっぱり揚げ物はなさそうだな。ひなまつりっぽくて可愛いけど、唐揚げが欲しかったなと思った時、芽生が冷蔵庫からビニール袋を取り出した。


 あれは……!!


 芽生の手にある物体を凝視している私を見て、芽生はふっと仕方なさそうに笑った。


「あおいが、しっぽ振ってる犬みたいに見えるんだけど?」


 芽生の細く長い指に包まれているのは、見るからに鶏肉の入った袋だったのだ。

 ボウルに片栗粉と小麦粉を混ぜ合わせ、ビニールの中で漬けてあった肉を投入し、熱した油の中に投入していく。

 そうしてカリッと揚げられて出来上がった鶏肉は、黒い皿に敷き詰められたレタスの色合いも相まって、なんだかとても豊かに見えた。


 ふおぉぉぉぉお! トリの降臨!!!


「ありがとう、芽生最高」

「調子いいよね、太ればいいよ、うふふ」


 きょうはひなまつり。可愛い金平糖や雛あられ、ちらし寿司に彩られたテーブルを前に、芽生の頬もいつもより桃色が増して見えた。

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ひなまつりにトリの降臨があったり 銀色小鳩 @ginnirokobato

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