『白ネコのひなは、ふてぶてしい黒ネコの隣で鳴いている』
宮本 賢治
第1話
わたしのお雛様。
お内裏様とお雛様、メインのカップルのみ。
シンプルな構成。
わたしの父は転勤族。
小さなときから、父の転勤に合わせて引っ越していた。
なので、いつも社宅暮らし。
狭くはないけど、広くはない。
だから、わたしのお雛様はシンプル構成なんだって、自己分析していた。
父方の祖父がプレゼントしてくれたらしい。
シンプル構成だけど、その分、ディテールがスゴい。
人形の顔も着物などの装飾もスゴく手が込んでる。
わたしは自分のお雛様が気に入っていた。
結婚して10年がたった頃、父が定年を迎えてしばらく借家暮らしをしていた両親が、老人ホームに入居することになった。
家財道具の片づけを手伝いにいったとき、お雛様を見つけた。
「ね、これ持って帰っていいかな?」
母に聞くと、
「あなたのお雛様でしょ。
お雛様もそのほうが喜ぶわよ」
そういわれた。
結婚して、住み始めたマンション。広くはないけど、シンプルな構成のお雛様の居場所くらいはある。
久しぶりに飾ったお雛様。
スゴく、うれしそう。
わたしもうれしい。
年甲斐もなく、わたしの中の乙女が騒ぎ出す。
「ママ〜♪」
リビングに飾ったお雛様を見ていたら、息子のケイタが寄ってきた。
キャッチして抱きしめる。
ケイタはわたしに抱かれて、胸に顔をうずめている。
おっぱい好きなのは、父親ゆずりだ。
5歳になるのに甘えんぼう。
甘えてくる内は、甘やかしたい。
ケイタの頭を優しくなでる。
柔らかい髪の毛が心地よい。
「ねぇ、ケイタ。
ひなあられ食べる?」
ケイタが顔を上げて答えた。
「うん。
食べる〜♪」
ソファに座って、仲良くおやつタイム。
「ねぇ、ママ、それケガしたの?」
ケイタがわたしの右の手の甲にうっすら浮かぶ傷を指差した。
「ああ、コレ。
ママが小さいとき、ネコちゃんに引っかけられたの。
たまに浮かんでくるの」
ずっと、忘れていた記憶が鮮明に思い出された。
あれは小学校3年生のとき。
『ひな』
わたしが勝手に名前をつけた、白いメス猫。
わたしが小学校に通っていた通学路。
集団下校の集合場所。
山崎さんちの玄関に近いコンクリのブロック塀。
そこにはいつも2匹のネコがいた。
塀の上に隣り合わせで鎮座。
山崎さんちの飼いネコ。
白ネコのひなは、ふてぶてしい黒ネコの隣で鳴いている。
いつも2匹なかよく一緒にいるネコ。
その姿が、大好きなわたしのお雛様みたいだから、わたしはその白ネコをひそかに『ひな』と名づけた。
ひなはオッドアイ。
右目はグリーン。左目はブルー。
フサフサな毛並の美人さんだった。
黒ネコはふてぶてしい顔、態度だったので好きになれず、名前はつけなかった。
通学で山崎さんちの前を通るたび、
朝は『おはよ』
帰りは『ただいま』
って、わたしはひなにあいさつした。
ニャ〜♪
ひなもあいさつを返してくれた。
その日は3月3日、ひなまつりだった。
わたしは、同じクラスのユキちゃんちにお呼ばれした。
ユキちゃんんちのお雛様は7段飾りらしい。フルメンバーのお雛様をこの目で見たことなかったから、わたしはテンションが上がった。
学校から帰り、ユキちゃんんち目指して出発。
山崎さんちの前を通る。
2匹仲良く並んでいる黒ネコとひな。
「わたし、ユキちゃんんちのスッゴいお雛様を見に行くの。
いいでしょ」
ひなにそう伝えると、
ニャ〜♪
いいね。
いってらっしゃい。
返事が返ってきた。
ユキちゃんんちのお雛様はホントにスゴかった。
桜餅や甘酒をご馳走になって、わたしは大満足だった。
そのことをひなに伝えようと山崎さんちの前へ。
いつものようにブロック塀の上に2匹のネコ···
いなかった。
2匹のネコは塀の前に降りていた。
様子がおかしい。
黒ネコは地面に仰向けになって、横たわっていた。
わたしは走って、すぐ近くまでかけ寄った。
すると、黒ネコのお腹は裂けて、中から腸が出ていた。地面は血で赤く染まっていた。
車にはねられた。
状況から見て、そう思った。
ひなは黒ネコを見つめて、ニャ〜ニャ〜と鳴いていた。
わたしは2匹が、ひなが、かわいそうになって手を伸ばした。
シャ〜!
耳は大きく外を向き、鋭く尖ったキバが見えるほど口を大きく開けて、ひなは鳴いた。
聞いたことのない鳴き声。
「···ひな」
さらに手を伸ばしたら、わたしは右の手の甲を、鋭い爪で引っかかれた。
かなり深い傷。血がしたたり、指先をつたって、地面にたれた。
シャ〜!!
ひなのオッドアイのキレイな目は瞳孔も鋭く細くなっていた。
記憶はそこまでしかない。
その後、どうなったかは覚えていない。
日常と非日常。
平穏と不穏。
それは隣り合わせなんだと、そのときのわたしは思った。
気づくとケイタがわたしの右手をなでていた。
「ママ、痛くない?」
不安そうにケイタはわたしを見上げていた。
優しい子。
わたしは思わず、ケイタを抱きしめた。ケイタの頭を優しくなでる。
「ぜんぜん痛くないよ。
ありがとう、ケイタ」
さっきまで、心配してくれていたケイタは甘えんぼうさんに逆戻り。わたしの胸に顔をうずめている。
玄関のドアが開いた音がした。
旦那が帰ってきた。
今日はひなまつり。
チラシ寿司とお吸い物の準備はもうできてる。
「ケイタ、
パパ、今日、ケーキ買ってくるっていってたよ」
「え、ケーキ!」
ケイタはわたしから離れて、パタパタと玄関に向かって走った。
わたしのおっぱい。
ケーキに負けてしまった。
さ、ひなまつりを楽しもう。
わたしは玄関に向かった。
『白ネコのひなは、ふてぶてしい黒ネコの隣で鳴いている』 宮本 賢治 @4030965
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