第5話「最後のカルテ」
「天城先生、急患です!」
救急外来に担ぎ込まれてきたのは、20代の女性だった。交通事故で意識不明の重体。
「瞳孔反応は?」玲奈が尋ねる。
「ほとんどありません」研修医が答えた。
玲奈はすぐに蘇生処置を始めた。しかし、患者の状態は刻一刻と悪化していた。
「心拍が...」
その時、玲奈は患者の体の上に霧のような形が浮かんでいるのを見た。患者の魂が体から離れようとしているのだ。
「まだよ...まだ諦めないで...」玲奈は魂に向かって囁いた。
鏡の番人としての力を使い、玲奈はその霧を静かに患者の体に戻していった。心電図のモニターが再び脈を刻み始めた。
「戻りました!」研修医が驚いた声を上げた。
緊急手術の後、患者は一命を取り留めた。しかし、玲奈は疲労困憊だった。鏡の番人としての力を使うと、自分の生命力も消耗するのだ。
休憩室で一息ついていると、ナースステーションから呼び出しがあった。
「天城先生、あなた宛ての荷物が届いています」
受け取ったのは、小さな木箱だった。差出人の名前はなく、「天城玲奈先生 親展」とだけ書かれていた。
箱を開けると、中には古ぼけた手帳と一枚の写真が入っていた。写真には若い女性医師が写っており、その顔は玲奈にどこか似ていた。
手帳には「禁忌のカルテ」と題され、様々な超常的な医療現象についての記録が残されていた。そして最後のページには、玲奈への直接のメッセージがあった。
「天城玲奈先生へ。私の研究を受け継ぐ者へ。"視える"能力を持つあなたは、私の血を引く者。最後の試練に備えよ。—天城澪」
玲奈は震える手で写真を見つめた。天城澪—彼女の祖母の名前だった。祖母は玲奈が生まれる前に亡くなっており、医師だったことは知っていたが、自分と同じ能力を持っていたとは聞いていなかった。
「祖母も..."視えた"の?」
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その夜、玲奈は祖母の手帳を読み進めた。そこには様々な超常現象と医療の交差点についての詳細な記録があった。魂の移植、生命力の転移、そして最も恐ろしいものとして「命の期限を視る目」について書かれていた。
『時に医師の目には、患者の残された時間が見える。それは祝福であり、同時に呪いでもある』
玲奈はぞっとした。彼女自身、時々患者の周りに「期限」のようなものが見えることがあった。それは数字や文字ではなく、直感的に理解できる何かだった。
手帳の最後には、警告めいた言葉があった。
『最後の試練は必ず訪れる。自分自身の命の期限を視るとき、医師は選択を迫られる。他者の命と自らの命—どちらを優先するかを』
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翌朝、病院には見知らぬ患者が運ばれてきた。50代の男性で、全身に重度の火傷を負っていた。
「大規模な火災で被災された方です」看護師が説明した。「身元は不明...周辺の病院は満床で、こちらに搬送されました」
玲奈が男性を診察すると、その周りに濃い闇のようなものが渦巻いているのが見えた。それは今まで見たどの患者よりも濃く、不吉なものだった。
そして彼の「期限」が見えた。数時間後—助かる見込みはほとんどない。
しかし、男性は意識を取り戻すと、玲奈の名前を呼んだ。
「天城...玲奈...先生...」
「私を知っているんですか?」玲奈は驚いた。
「あなたを...ずっと探していた...」男性は苦しそうに言った。「私は...操...命を操る者...」
「何を言って...」
「あなたの祖母は...私に勝った...今度はあなたの番だ...」
その時、男性の周りの闇が濃くなり、それは部屋全体に広がり始めた。看護師たちは異変に気づかないようだったが、玲奈には見えた。闇が他の患者たちにも伸びていき、その生命力を吸い取ろうとしているのが。
「やめて!」玲奈は叫んだ。
男性は苦しそうに笑った。「止められない...私は命の期限を操る...他者の命を奪い、自らの命を延ばす...」
玲奈は祖母の手帳に書かれていた言葉を思い出した。『命の期限を操る者—彼らは他者の生命力を吸収して生きる存在。医師の天敵』
「あなたが...祖母の記していた...」
「そう...あなたの祖母は私を封印した...50年間...でも今、解放された...」男性の声は徐々に力強くなっていき、火傷も少しずつ回復しているように見えた。
回復室の他の患者たちは、次々と容態が悪化し始めた。まるで生命力を吸い取られているかのようだった。
玲奈は急いで鏡の番人としての力を使い、闇の流れを遮ろうとした。しかし、男性の力はあまりにも強かった。
「無駄だ...私には50年分の飢えがある...全ての命をいただく...」
その時、玲奈は男性の「期限」に変化が起きているのに気づいた。彼の吸収した生命力によって、期限が延びていた。このままでは病院中の患者が犠牲になる。
玲奈は決断した。祖母の手帳に書かれていた「最後の試練」—これが自分に課せられた試練なのだろう。
彼女はポケットから鏡の番人の手鏡を取り出した。
「私の生命力を...取りなさい」
男性は驚いたように玲奈を見た。「何?」
「他の患者を解放するなら...代わりに私の命を」
男性は笑った。「"視える"医師の生命力...最高の御馳走だ...」
彼は闇の触手を玲奈に向けた。しかし、その瞬間、玲奈は手鏡を彼に向けた。
「でも、全てではない...」
鏡が輝き、玲奈の生命力が男性に流れ込むと同時に、男性の闇の力が鏡に吸い込まれていった。男性は苦悶の表情を浮かべた。
「何をした...!」
「鏡の番人の力...あなたの力を封印する...」玲奈は弱々しく言った。彼女の体から急速に力が失われていた。
鏡は男性の闇を吸収し、次第に黒く変色していった。男性の姿も徐々に透明になり、最後には完全に消え去った。
回復室の患者たちの容態は安定し始めたが、玲奈は床に崩れ落ちた。自分の「期限」が、今まさに訪れようとしているのを感じた。
「先生!」看護師たちが駆け寄った。
意識が遠のく中、玲奈は光の中に祖母の姿を見た。
「よくやった、玲奈...あなたは真の鏡の番人になった...」
「祖母...私は死ぬの?」
「いいえ...まだ終わりではない...」
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玲奈が目を覚ましたのは、一週間後だった。彼女は病院のベッドに横たわっていた。
「どうして...」
「奇跡としか言いようがありません」主治医は言った。「あなたの心臓は一度止まりました...でも、突然また動き出したんです」
玲奈は自分の体に流れる力が、以前とは少し違うことに気づいた。祖母からの何かが、彼女の中に宿ったような感覚があった。
退院後、玲奈は山の神社を訪れた。鈴木さんがそこで鏡の番人の役目を続けていた。
「あなたは最後の試練を乗り越えた」鈴木さんは言った。「命をかけて他者を救うことで、真の力が目覚めたのです」
「でも、あの男性は...」
「命を操る者...彼らは常に存在する...命の均衡を乱す存在...あなたのような鏡の番人が対抗する必要があるのです」
玲奈は黒く変色した手鏡を見つめた。「この鏡の中に...彼は封印されたの?」
「はい...しかし永遠ではない...いつか解放される時が来る...その時のために、次の世代を育てなければ」
玲奈は理解した。祖母から自分へ、そして自分から次の世代へ...「視える」能力と鏡の番人の使命は継承されていくのだ。
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医院に戻った玲奈は、診察を再開した。彼女の評判は広まり、不思議な症状を抱える患者が各地から訪れるようになった。
時に彼女は患者の「期限」を視るが、もはやそれは恐れるものではなく、彼女の役目の一部だった。できる限り患者を救い、救えない場合は最期まで寄り添う...それが「視える医師」としての使命だと悟ったのだ。
ある日、診察室に一人の少女が母親に連れられてやってきた。
「この子が...時々変なことを言うんです」母親は心配そうに言った。「見えないものが見えると...」
玲奈は少女を見つめ、彼女の周りに淡い光が漂っているのを見た。「視える」力の芽生えだった。
「大丈夫ですよ」玲奈は優しく微笑んだ。「特別な才能を持つ子なんです」
彼女は小さな手鏡を取り出し、少女に見せた。「これを見て何が見える?」
少女は驚いた顔で言った。「きれいな光...そして...先生がもう一人...」
玲奈は満足そうに頷いた。次の鏡の番人の候補を見つけたのだ。
その夜、玲奈は自宅の書斎で祖母の手帳に新たな記録を書き加えた。
『禁忌のカルテ—天城玲奈の記録』
この世界には、医学だけでは説明できない現象がある。そして、それを「視る」ことのできる医師の使命がある。命の均衡を守り、魂の迷いを解消する...それが「視えすぎる女医」の宿命なのだ。
カルテに記録される症状の向こうには、時に言葉にできない真実が隠されている。玲奈はこれからも、その真実を見極め、患者を救い続けることだろう。
生と死の境界線を歩く医師として。鏡の番人として。視えすぎる女医として...
(了)
「視えすぎる女医 〜 禁忌のカルテ 〜」 ソコニ @mi33x
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