第4話「封印された部屋」


「天城先生、地下の封鎖エリアには近づかないでください」


病院長の藤原は玲奈に厳しく忠告した。鏡の番人としての儀式を終えて病院に戻った玲奈は、古い精神科病棟があったという地下エリアに興味を持っていた。


「何か問題があるんですか?」玲奈は尋ねた。


「あそこは老朽化が激しく危険なんです」藤原院長は言葉を選びながら答えた。「来年には改修工事の予定ですが、今は立ち入り禁止にしています」


玲奈は納得したふりをしたが、内心では疑問を抱いていた。鏡の事件以来、彼女の「視える」能力はさらに鋭くなっていた。そして時々、地下から何かが呼んでいるような感覚があった。


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「天城先生、4番診察室でお待ちの患者さんです」


看護師から渡された診察カルテには「遠野和也・27歳・不眠症」と書かれていた。


診察室に入ると、痩せた青年が椅子に座っていた。目の下には大きなクマがあり、疲労の色が濃かった。


「遠野さん、どうされましたか?」


「眠れないんです...1ヶ月以上まともに眠れていなくて...」和也は疲れた声で言った。「薬も効かなくて...」


「何か心当たりは?」


和也は躊躇いがちに続けた。「実は...毎晩同じ夢を見るんです。この病院の地下にある部屋で...自分が拘束されていて...」


玲奈は息を呑んだ。「この病院の?あなたは以前入院されていましたか?」


「いいえ、初めて来ました...でも夢の中では、古い精神科病棟にいて...白衣の医師たちに何かをされている...」


「それはいつ頃から?」


「1ヶ月前...この町に引っ越してきてから...」


玲奈は不思議な感覚に包まれた。和也の周りには薄い霧のようなものが漂っており、彼の影が時々震えるように見えた。


通常の検査を行った後、玲奈は睡眠薬を処方した。しかし、これは単なる不眠症ではないと直感していた。


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その夜、玲奈は病院の古い記録をさらに詳しく調べた。70年前の精神科病棟の記録を探していると、「特殊治療」と書かれたファイルを見つけた。


そこには衝撃的な記録があった。当時の病院では、「精神転移療法」という実験的な治療が行われていたのだ。問題行動を示す患者の意識を、別の「容器」に移し替えるという非人道的な実験だった。


記録によれば、遠野という苗字の患者もその実験の対象になっていた。遠野一郎、27歳。現在の和也と同じ年齢だった。


玲奈は背筋が凍るのを感じた。もしかして、和也が見ている夢は...


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翌日、玲奈は病院の警備員から地下への鍵を借りた。正式な許可はなかったが、真実を確かめる必要があった。


誰もいない夜間、玲奈は地下への階段を降りていった。古びた廊下には埃が積もり、壁には亀裂が入っていた。かつての精神科病棟の名残だ。


廊下の奥には大きな鉄の扉があり、「立入禁止」の札が掛けられていた。玲奈は借りた鍵で扉を開けた。


扉の向こうは、まるで時間が止まったかのような光景だった。古い治療室や病室が並び、70年前の医療機器がそのまま残されていた。


玲奈の足は自然と一番奥の部屋へと向かった。重い鉄の扉には「特殊治療室」というプレートが掛かっていた。


扉を開けると、そこには円形に並べられた七つのベッドがあった。それぞれに拘束具が付いており、中央には奇妙な装置が置かれていた。天井からは七つの鏡が吊り下げられていた。


「これが...精神転移療法...」


部屋に足を踏み入れた瞬間、玲奈は激しい頭痛に襲われた。そして、幻覚のように過去の光景が見えた。


白衣を着た医師たちが患者を拘束し、中央の装置を動かす...患者たちの苦しむ声...そして鏡に映る彼らの姿が徐々に変わっていく...


幻覚が消えると、玲奈は部屋の隅に人影を見つけた。それは若い男性で、古い病院の制服を着ていた。


「遠野...一郎さん?」玲奈は恐る恐る声をかけた。


男性はゆっくりと玲奈を見た。「私がわかるのか...」


「あなたは...70年前の患者?」


「そう...私たちは実験の被験者だった...七人の患者...私たちの意識は引き離され、鏡の中に閉じ込められた...」


「では、和也さんの夢は...」


「私の子孫だ...血のつながりがあるから、私の記憶が彼の夢に現れるのだろう...」一郎の姿は時々透明になり、また現れた。「私たちは長い間ここに閉じ込められていた...装置が壊れるまで...」


「装置が壊れた?」


「10年前...地震で...それで私たちは少しずつ自由になれた...でも完全には解放されない...」


「七人の患者は全員ここに?」


一郎は首を振った。「いや...三人はすでに解放された...彼らは子孫の体を借りて...」


玲奈は和也のことを思い出した。「和也さんも...?」


「彼は危険だ...私の子孫だから目をつけられている...」


その時、廊下から足音が聞こえた。玲奈は素早く隠れた。


部屋に入ってきたのは藤原院長だった。彼は中央の装置を見て、何かをつぶやいていた。


「またか...封印が弱まっている...」


院長は装置の下の引き出しから古い書物を取り出し、何かの儀式を始めた。部屋の温度が急に下がり、吊り下げられた鏡が振動し始めた。


玲奈は恐怖に震えながら見ていた。院長は装置の修復をしているようだった。


儀式が終わると、院長は安堵のため息をついた。「これで当分は大丈夫だろう...」


院長が去った後、玲奈は再び一郎を探したが、彼の姿は消えていた。代わりに、床に古い紙切れが落ちていた。それは実験記録の一部で、「七つの鏡」と「七人の患者」について書かれていた。


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翌日、玲奈は和也の再診を待った。しかし、彼は予約時間になっても現れなかった。


心配になった玲奈は、カルテに記載されていた和也の住所を調べ、診療後に訪ねてみることにした。


アパートに着くと、ドアは少し開いていた。「遠野さん?」と声をかけながら中に入ると、部屋は荒らされていた。


居間のテーブルには、病院の地下の見取り図が広げられ、壁には七人の患者の古い写真と現在の人物の写真が貼り付けられていた。それぞれに線が引かれ、「転移完了」「標的」などのメモが書かれていた。


和也の写真には「最後の容器」と書かれていた。


突然、背後から物音がした。振り向くと、和也が立っていた。しかし、その表情は以前とは全く異なっていた。


「天城先生...わざわざ来てくださったんですね」和也の声は低く、冷たかった。


「遠野さん...大丈夫ですか?」


「ええ、とても...」和也はにやりと笑った。「私は遠野一郎です...今はこの子孫の体を借りていますがね」


玲奈は後ずさった。「昨日会った一郎さんは...?」


「私の一部です...私の意識は分かれていた...一部は地下に、一部は鏡の中に...そして今、和也の体の中に」一郎は説明した。「私が本当に欲しかったのは完全な自由...そして復讐です」


「復讐?」


「実験を行った医師たちに...そして彼らの子孫に...」一郎は壁の写真を指差した。「藤原院長も、その一人の子孫なんですよ」


玲奈は恐怖で体が凍りついた。「あなたは何をするつもり?」


「装置を再起動させる...残りの仲間たちも解放する...そして実験を行った者たちに同じ目に遭ってもらう...」


一郎は玲奈に近づいてきた。「あなたのような『視える』能力を持つ人は、私たちの計画には邪魔になる...でも、あなたも鏡の番人...一緒に来てもらえますか?」


「どこへ?」


「地下の特殊治療室へ...今夜、全てが完結する場所へ」


---


病院の地下、特殊治療室には藤原院長を含む数人が集められていた。彼らは全員、かつての実験に関わった医師たちの子孫だった。


一郎は中央の装置を修復し、七つの鏡を正しい位置に配置していた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」一郎は冷たく言った。「今日は特別な日...70年前の実験の再現です」


藤原院長は恐怖に震えていた。「やめてくれ...我々は先祖の罪とは関係ない...」


「関係ないですって?」一郎は怒りを露わにした。「あなたは封印を維持していた...患者たちを閉じ込めたままにしていた...」


院長は玲奈に助けを求めるように見た。「天城先生...彼を止めて...」


玲奈は鏡の番人としての力を使おうとしたが、この部屋には強力な力が満ちていた。彼女の能力が封じられているようだった。


一郎は儀式を始めた。七つの鏡が光り始め、残りの患者たちの霊が姿を現した。


「さあ、始めましょう...役割交換を...」


その時、玲奈はハッとした。鏡の番人として鈴木さんから託された手鏡を思い出したのだ。それは普通の鏡ではなく、強力な力を持つ古い神器だった。


玲奈はポケットから手鏡を取り出した。「これで止められるかも...」


鏡を掲げた瞬間、部屋の空気が凍りついたように静まり返った。七つの鏡の光が玲奈の手鏡に吸い込まれていった。


「何をする!」一郎は叫んだ。


「鏡の力で、あなたたちを正しい場所に戻す...」玲奈は言った。「もう十分苦しんだ...安らかに眠りなさい...」


手鏡から強い光が放たれ、一郎の姿が和也の体から引き離されていった。他の霊たちも同様に、光の中に吸い込まれていった。


「いや...私はまだ...復讐を...」一郎の声は次第に弱まり、ついに消えた。


和也は意識を取り戻し、混乱した様子で周りを見回した。「ここは...どこ...?」


光が消えると、特殊治療室は静寂に包まれていた。七つの鏡は全て砕け散り、中央の装置も動かなくなっていた。


藤原院長は震える手で玲奈の肩に触れた。「天城先生...あなたは我々を救った...」


「いいえ...私は彼らを救ったんです」玲奈は答えた。「70年も苦しんでいた彼らを...」


---


数日後、病院の地下エリアは完全に封鎖された。藤原院長は過去の実験について公式に謝罪し、犠牲者のための慰霊碑を建てることを約束した。


和也の不眠症は完全に治り、悪夢も見なくなった。彼は自分が何をしていたのか覚えていなかったが、不思議と心が軽くなったと言った。


玲奈は手鏡を見つめながら考えた。鏡の番人としての責任は重いが、この力で人々を救えるなら...


そして彼女は気づいていなかった。この病院にはまだ解決していない謎が残されていること...そして、最後の試練が彼女を待っていることを...

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