先輩女子と、ひしもちを食べる
黒上ショウ
化学室で、ひしもちを食べる
「今日のログインボーナスだ」
高校の化学室の黒板前の大きな机に、黒いお盆に乗った赤白緑の物体が置かれていた。
「ひしもち……これって本当に食べられる餅のやつですか?」
俺は上下左右の色んな角度からひしもちを見たが、作り物っぽい明るい色ではなく落ち着いた和菓子のような色をしていて、ひし形の各辺もところどころふにゃっと曲がっていて、ひな人形の段のところに置かれているやつとはあきらかに別物だった。
「もちろん。さあ
「えっ。ひしもちって焼いて食べるんですか?」
桜餅や和菓子のようにそのまま食べられるようなイメージを持っていた俺は、素直に驚いて先輩に聞いた。
「もちろん焼いて食べるよ。つきたてならともかく、餅は煮るなり焼くなりしないと食べられないからね」
先輩はお姫様のように長く艶やかな黒髪を片手でかきあげて、ドヤ顔で言った。
先輩……餅だからもちろんって何回も言ってたんだな。だが、くだらないダジャレを入れてツッコミ待ちするのはいつものことなので、スルーした。
「しかも、ここ……化学室で餅を焼いて食べるんですね」
ひしもちに注目していたが、よく見ると机の上には、授業でも使ったことのある実験用ガスコンロが置かれていた。
「せっかく学校の化学室で餅を焼けるんだぞ? 顧問の林原先生には、火元と換気扇の管理をちゃんとすればオッケー、と既に許可をもらっている」
「あっ、そうなんですね。先生の許可があるなら……。いや、いいのかな? 化学室で餅を焼いて……」
不安げに迷っている俺に和花先輩が近づいてきて、肩に手を置いて言った。
「大丈夫だ。私がすべての責任を取る。さあ青春を謳歌しようじゃないか」
餅を焼く焼かないの話にしては、壮大な口調と自信満々の表情だが、これもおそらくツッコミ待ちなので俺はスルーした。
「餅……順調に焼けてますね」
3段のひしもちは赤と白と緑に分解されて、
ガスコンロの上に設置された焼き網で焼かれていた。
ひしもちに焦げ目がついてふくらんで、お餅が焼ける良い匂いがする。
「うむ。そろそろ食べ頃だな。あんこときな粉を100均で買ってきたから、キミの好きなように食べてくれ」
先輩はガスコンロの火を消して、紙のお皿と割り箸を俺に渡してくれた。
せっかくの機会なので、白ではなくめずらしい赤の餅を選ばせてもらった。
割り箸で皿に取ったひしもちは、グルメ番組で見る料理のように綺麗に焼き上がっている。
「先輩って料理も得意なんですか?」
「化学部の部長だからな。当然だよ」
今度はもちろんではなかったが、化学部で真面目に実験をしてる人は、火の扱いもきっと上手いんだろう。この先輩はいつ来ても化学室にいるし。
「それじゃあ、いただきます」
香ばしく焼けた赤いひしもちにこしあんを乗せて、俺はかぶりついた。
「旨い……」
化学室にガスコンロと、ひな祭りとはもはやかけ離れたシチュエーションになっていたが、先輩が焼いてくれたひしもちは純粋に美味しかった。
「喜んでもらえて私もうれしいよ」
ひしもちを食べながら、和花先輩の方をちらりと見る。感極まったような笑顔をしていたが、口元が妙ににやけている。
「ちなみに。ひしもちは、私の手作りだ」
勝ち誇ったいつものドヤ顔で言う和花先輩とは反対に、俺は食べていたひしもちを飲み込み終えると、がっくりと肩を落とした。
「どうしてその労力をバレンタインデーとかに使ってくれないんですか……。ひな祭りに餅をつくのが女子の青春でいいんですか?」
「だって、バレンタインデーにチョコレートを渡してもキミは喜ぶだけだろう? 私はキミの驚いた顔が好きだから」
くすくす、と作成大成功とばかりに和花先輩は笑顔を浮かべる。
先輩がバレンタインデーにチョコをくれたら、俺は柴犬やゴールデン・レトリバー並に尻尾を振って大喜びで受け取るのに。
「私が心を込めてついたお餅がキミの胃袋に収まっていると思うと、私もなんだか満たされた気分になってくるよ」
「……先輩、今の発言はキモいですよ」
照れ隠しなのか天然なのかツッコミ待ちなのかわからないが、先輩の機嫌が大変良いのは間違いないようだ。
「今日は、良い思い出になったよ」
「女子のイベント感はゼロでしたけどね。でも、先輩の手作りのひしもち美味しかったです」
「そういうところ、だぞ」
先輩は人差し指を立て眉をわざとらしくひそめ俺を注意するようなポーズを決める。
おそらく、いつもの一回言ってみたかったランキング何位かのセリフシリーズだったのか、言い終えると達成感に満ちた清々しい顔に戻って、俺が残りのひしもちを食べるのを見つめていた。
先輩が、例のひなまつりの歌を鼻歌で歌い始める。
ハスキー気味な先輩の声で歌われるかわいい曲はなんというか、ズルい。
俺はいつも通りに認めるしかなかった。
今日は驚きに満ちた楽しいひな祭りでしたよ、と。
先輩女子と、ひしもちを食べる 黒上ショウ @kurokami_sho
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