夜空を照らす星の如く

こよい はるか @PLEC所属

照らしてくれるんだね。

「——別れよう」


 突然告げられたその言葉。

 冗談だよねって口にさえできないくらい、彼の瞳は真剣で、どこか切なげで。


「わかった」


 この場にそぐわないけれど、私まで真顔で答えることはできなかった。

 今までで一番ともいえるような作り笑顔を残し、私は逃げた。


 ……この会話が最後だったなんて、知りたくもなかったよ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私——笹森夜空、高校一年生。

 小学四年生から付き合っていた、クラスメートの石井照斗にフラれた。


 理由は分からない。日曜日のデートの帰りに、そう告げられた。


 月曜から、彼は学校に来なくなった。先生に問い詰めても『インフルでお休み』の一点張り。みんなは信じ込んでいた。


 でも、嫌な予感がする。未来にどんより黒雲がかかっているような気が。

 いつも通りの顔をして、何もなかったかのようにまた学校に来る姿は想像できない。

 何故か——もう二度と会えないような錯覚に襲われて。


 そんなことあるわけないのにね。

 そんな不幸なことなんて、あるわけ……。


 予感は虚しくも的中してしまった。


「照斗くん、倒れたって……!」


 ある日の放課後、お母さんが受話器を握りしめたまま、呆然と言った。

 親同士の中が非常に良かったため、照斗のお母さんからの連絡だったよう。


 未だあっけにとられて動けないお母さんから受話器をひったくって、


「どこですか⁉」

「夜空ちゃん! 月夜つくよ病院だけど……」

「ありがとうございます!」


 会話を打ち切って、スマホも持たずに家を出た。


 ——それからの道のりなんて覚えていない。ただただ必死で、力の限り速く走った。


 喰いつく勢いで「石井照斗は⁉」って聞いて回った。何人もの人にぶつかったと思うし、色々な人に不審そうな目で見られた。

 でもそういう感覚がシャットアウトしてしまうくらい、私の頭の中には照斗の顔しか浮かばなかった。


 やっとの思いで手術室に着いても、私に外で待てと言ったきり、もう三時間もお医者さんは顔を見せていない。


 なんで照斗は倒れたのだろう。寝不足? 疲労蓄積? いや、そんなはずない。そんなんで手術なんかするわけない。

 私のせい、だったりするのかな。フラれたのだって先週だ。そこから学校に来なくなったから。


 ——でも、考えたくもない。私のせいだってことはもちろん、照斗がこんな状況に晒されているだなんて。


 ……何時間経ったかなんて知らない。外の陽はとっくのとうに沈んで、北極星が夜空に輝いている。

 夜空。なんで私の名前が見える時間に、君は。


「石井照斗さんは、」


 妙に次の言葉への時間が長く感じた。


「助かりませんでした」


 目の前が闇に満ちた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 食べ物も喉を通らない。人と話すことさえする気力なんかないし、ましてや学校にも足を運べない毎日。

 照斗が居なくなってから、私は人間味の無くなった引きこもりアンドロイドのようになってしまった。


 そろそろ立ち直らなきゃいけない。私に最期に『別れ』を告げた彼は、私がこのことをいつまでも引きずるのなんて望んでいないはずだ。彼は私たち二人の七年の縁を、自らあっけなく切ってしまったのだから。


 ピーンポーン……


 ——引きこもり始めてから何十回目か分からないインターホンが無機質に鳴り響いた。


「夜空~、照斗くんのお母さんよ」


 てると。


 そう、照斗は亡くなった。この世から物理的に消えてしまった。もう、私の前に姿を現しはしない。

 だからこそ、向き合わなきゃいけないのかもしれない。もう会えない、大切な人に。


 でも、私の身体は動かない。というより、動けない。まるで、身体が彼のいない世界を拒否しているみたいだった。


「夜空、入るわよ」


 お母さんの声がドアの向こうから聞こえる。私は沈黙を貫いた。


「これ、照斗くんが遺した手紙だって」


 手紙——?


 私はぬくっと起き上がる。お母さんに『見せて』と目で訴えかけた。


 お母さんも笑顔で渡してくれた。その笑顔も作っている感じがして、結局は同じなんだなぁと思った。


 封筒を開けて、中身を取り出す。唯一入っていた便箋には、見慣れた『夜空へ』の文字。

 その時点で涙が滲んで、前が見えなくなる。照斗が元から居ないように進む時間が鬱陶しかった。だから、彼が存在していることを改めて知ることが出来て、安心してしまった。


『この手紙を夜空が読んでいるってことは、俺は死んだってことだよな。何も言わずに居なくなってごめん。

 俺は病気を持っていて、余命宣告をされていたんだ。その日が近づいてきたから、夜空を悲しませたくなくて別れたことを許して欲しい。

 俺は今でもお前が好きだ。だから、俺の名前みたいに夜空を照らせるような星になるから、待っててくれ。

 どうか、幸せでいてください。 照斗』


 ——そんな。ずるいよ。私の為に別れただなんて、そんな。

 私はこらえきれない嗚咽を漏らし、泣きわめいた。


 夜空を照らす星、って。今でも好きって。

 幸せでいて、って。


 こんなことなら、もっと早く言って欲しかった。

 受け入れるまでに時間を要したかもしれないけれど、最後まで照斗を幸せにしたかったのに。


 ねぇ。照斗は私と居て幸せだったの?

 命が消える一週間前まで、私と過ごして楽しかった?




 ——きみは幸せでしたか?


 夜空には、明るい北極星が輝いていた。

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