第10話 失ったものと、得たもの

 俺は能力を失った。


 ある日突然、使えなくなった。

 まるで、何かのスイッチが切れたかのように、それまで確かに保有していたはずの「噂話」の力が、完全に消え去っていた。


「なっ、どういうことだ? なんで、力がなくなったんだ??」


 それに気づいた途端、俺は軽くパニックになった。

 手のひらを何度も見つめ、何か変化がないかと探したが、何も変わらない。



 俺の名前は藤井則宗。


 今まで俺は『噂話』という能力を用い、所属するバスケ部で、まるで王様のようにふるまっていた。


 だが、それがなくなった。


 やばいっ、やばいよ!


 人の意識を操れる能力があっても、部活内での俺の立ち位置は怪しくなっていたんだ。能力がなくなれば、居心地が悪くなるどころでは済まないんじゃないか?


 それに気づいた俺は、速やかに部活をやめることにした。


 顧問に辞意を伝えた時、彼は何も言わずにただ俺を見ていた。

 その視線が、やけに重かった。



 時を同じくして、親父の離婚が決まった。


 詳しくは分からないが、親父は圭子さんと離婚した。

 俺はそれまで一緒に暮らしていた圭子さんたちと離れて暮らさなければいけなくなった。


 離婚は恐ろしいほど円満に行われた。

 何か揉めることも一切なく、別居もスムーズに進行する。


 まるで、最初からそうなることが決まっていたかのように、すべてが淡々と進んでいった。


 俺は遠くに引っ越すことになり、学校も転校になった。


 それまで一緒に暮らしていたのがウソのように、俺と圭子さんの一家はすでに赤の他人だ。


 もう会うこともない。



 俺はふと思う。

 親父もなんらかの能力者だったのではないだろうか?


 俺の能力が消えたように、親父の能力も消えてしまい、それで離婚に至った。


 まるで、元の木阿弥のように――

 確証はないが、そう思った。


 この奇妙な状況に、何か見えない力が働いているとしか思えなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 俺の名前は八上義人、かつて『えぬ・てぃー・あーる』という能力を保有していた者だ。


 かつてといっても、それはたった一カ月ほど前の話なのだが、何故だか遠い昔のように思える。


 俺が能力を失ったことで、それに連鎖するようにいくつかの超能力が失われたらしい。


 俺の能力は元々、藤井則宗の『噂話』に呼応するように作られたものだ。


 藤井の能力は俺をバスケ部から追放したことで、目的を達して消えるはずだったが、俺が能力を獲得したことで、残滓のように残っていたらしい。


 そのため、俺が能力を消失させると、あいつの能力も消えることになるそうだ。



 『えぬ・てぃー・あーる』は最後にそれを俺に教えて、消えていった。


 その声が完全に消えた時――

 俺の頭の中には、今まで感じたことのない静寂が訪れた。


「なんだか、遠くに来ちまったな」


 俺が昔を懐かしんでたそがれていると、昔馴染みから声をかけられる。

 校舎裏のベンチに座っていると、影が俺の上に落ちた。


「何黄昏れてんだよ。……八上、ちょっといいか?」


 バスケ部の部長が、俺に声をかけてきた。

 いつもの体育着姿だ。


「ん? なんか用か?」


「ああ、お前に頼める義理じゃないのは重々承知なんだが、八上、お前、バスケ部に戻る気はないか?」


 部長の口から出た言葉に、俺は一瞬、耳を疑った。


「……どういうことだ?」


「実は、お前を部から追い出した中心人物の藤井が部を辞めてな。なんか、転校したんだ。あいつ。それから顧問もなんでかこの時期に異動になって……、それで俺たちみんな正気に戻ったっていうか、お前がいないとうちの部はダメだって、みんな気づいたんだ」


 部長は、心底申し訳なさそうな顔をしている。


「いや、俺なんか……」


 反射的に言葉が出た。

 あれだけ辛い思いをしたのだ。


 簡単に「はい」とは言えない。


「すまなかった! みんなお前に謝りたいって言ってるんだ。部には戻らなくてもいいから、せめて謝罪だけでもさせてくれ」


 俺に対して頭を下げる部長に、申し訳ない思いでいっぱいになる。


 よく考えれば、部員は悪くないんだ。

 お前たちが罪悪感を持つことではない。


 藤井の奴が能力で操っていただけで……。


 でもそれは、説明するのが難しいし、とても信じては貰えない話だ。


「わかったよ。謝罪は受け入れるし、バスケ部にも戻ることにするよ」


 俺はバスケ部に復帰することにした。

 再び、体育館の床を踏みしめることができる。


 そのことに、じんわりと喜びがこみ上げてきた。



 俺がバスケ部に戻って一か月後。

 体育倉庫で偶然、マネージャーの水谷真美と二人きりになった。


 彼女は俺のことを見ると、何故か顔を赤くしてどこかに行ってしまうので、こうして二人きりになるのは珍しかった。


 薄暗い倉庫の中で、彼女の頬が紅潮しているのがはっきりと分かった。



「あ、あの、八上先輩……」


 いつもは俺を避けるようにどこかに消える真美が、今日はずいずいと近づいてくる。


「どうかしたか?」


 俺が問いかけると、彼女は若干、怒ったように顔を膨らませる。


「なんですか、それ? 私を焦らして弄んでいるんですか?」


 ――弄ぶ?


「なんだよ、人聞きの悪い」


「だって、前ここで、好きだって言って、私にあんなことをしておいて、それからずっと何のアプローチもしてこないんですもの。そう言われても、仕方がないと思います。先輩は不誠実です」


 この体育倉庫で「あんなこと」って、能力で藤井の邪魔をした時のことだよな?


 でもあの時は、真美は俺のことを藤井だと思っていたはずで……?


 ん? あれ??


 つまり……。


 能力が消えたことで、認識のずれも修正されたということか?


 謎の能力のことはもうわからない。

 あの力はもう消えてしまっている。


 確かなことは……。


 目の前の女の子の気持ちに、ちゃんと答えなきゃいけないことだけだ。


 俺は真美から告白されて、それを受け入れることにした。

 真美のまっすぐな瞳を見つめ、俺は覚悟を決めた。



 俺からさらに一か月後――


 俺は真美の家に遊びに行くことになった。

 今日彼女の家に行って、彼女の家族とあいさつすることになっている。


 真美の記憶が修正されて、俺とのことを思い出したように、圭子さんや麻衣さんの記憶も戻っているはずだ。


 それでも俺は、彼女たちに会いに行く。

 覚悟はできている。


 俺は圭子さんと麻衣さんと真美の三人が住む家に向かって歩き出した。

 秋になってもまだ強い日差しが、俺の背中を押しているようだった。


 ‐END‐

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寝取り、寝取られ『百物語』 猫野 にくきゅう @gasinnsyoutann

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