第9話 能力の喪失
俺の名前は八上義人。
『えぬ・てぃー・あーる』という便利な能力を持っている。
ここ最近は能力を使って、水谷麻衣さんという年上のお姉さんと週一でお風呂に入っている。
お風呂に入るといっても、お互いに水着を着用してのことだが、それでも麻衣さんの瑞々しい肉体を間近で鑑賞できるのだ。
楽しみであることに変わりはない。
楽しみがあると毎日が充実するものだ。
俺が充実した日々を過ごしていると、『えぬ・てー・あーる』できる能力の対象が増えた。
対象者は「水谷真美」。
麻衣さんの妹で、圭子さんの娘だ。
どうやら藤井の奴は、義理の妹のことも好きになったらしい。
――本当に飽きない奴だ。
次は誰に恋するんだか。
俺は能力『えぬ・てー・あーる』に、詳しい情報を求める。
頭の中に、状況説明が流れ込んでくる。
藤井則宗は自身の能力『噂話』を何度も用いて、水谷真美が自分に好意を寄せていると錯覚させているらしい。
兄として自分を慕わせるにとどまらず、異性として、一人の男として自分のことを好きだと思わせている。
時間をかけて、能力を重ね掛けして、目標をほぼ達成している。
最後の仕上げとして、明日、昼休みに真美を体育倉庫に呼び出して、彼女をものにする気らしい。
「なるほどな」
俺は能力を用いて、それを阻止することにした。
藤井の能力と俺の能力では、俺の力の方が上位であるらしく、あいつの作り出した認識を、こっちが上書きするなど朝飯前だった。
あいつの能力は誰に対しても使えるという点で、汎用性が高いが、俺の能力は条件が整えば、奴の力を凌駕する。
その優位性を利用しない手はない。
復讐に興味はないが、奴のやりようは何となく気に入らなかった。
次の日の昼休み。
俺は『えぬ・てー・あーる』を用いて、藤井に成り代わった。
周囲の風景が歪み、一瞬にして場所が切り替わる。
人気のない体育倉庫に俺は立っている。
倉庫の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。
床には古びたバスケットボールがいくつか転がり、ゴムの匂いがかすかにした。
そこに水谷真美が現れた。
軋む音を立てて扉がゆっくりと開き、光が差し込む中に、彼女の姿が浮かび上がる。
「則宗兄さん、話って何?」
真美は俺のことを、藤井だと誤認している。
その瞳には、藤井への信頼と、ほんの少しの期待のようなものが浮かんでいた。
だが、藤井本人がここに来ることはない。
藤井則宗は今頃、生活指導の教師に捕まって日頃の態度の悪さを説教されているはずだ。
ふと、遠くで教師の怒鳴り声が聞こえたような気がした。
きっと、今頃真っ青になっているだろう。
これで藤井の計画は阻止できた。
――いや、まだだ。
俺は真美を抱き寄せた。
彼女の華奢な体が、腕の中にすっぽりと収まる。
柔らかな髪から、甘いシャンプーの香りがした。
藤井の能力によって作られた彼女の想いを満足させなければならない。
俺が上書きしなければ、いずれ藤井は目的を果たすだろう。
……。
…………。
俺は無事、彼女の気持ちを満足させた。
その上で、これからはちゃんと距離を取って暮らそうと提案する。
藤井の能力よりも俺の能力の方が強い――
俺の提案に、真美は素直に頷いた。
これで、奴の計画を阻止することができた。
俺は、ただ自分の利益だけを追求しているわけじゃない。
その日、自宅に帰ると能力からアナウンスがあった。
風呂から上がり、自室でくつろいでいると、再びあの無機質な声が響いた。
まるで、俺の頭の中に直接インストールされたかのように。
『あなたは『えぬ・てー・あーる』の工程の九割を達成しました。最後の仕上げを行ってください』
「最後の仕上げ――?」
唐突な言葉に、思わず聞き返す。
『藤井則宗の前で、あなたが三人の女性を『えぬ・てー・あーる』したことを見せつけるのです』
「ようは、あいつの前で、三人と仲良くしろってことか? それは断る」
俺は即座に首を振った。
最初に言ったが、俺は別に復讐したいわけではない。
余計な恨みを買う気はないのだ。
たとえ相手が藤井であっても、無用なトラブルは避けたかった。
後腐れなく終わりたい。
『了解しました。使用者の意思を尊重し、私の役目は終了したとみなし、消滅することにします。ご利用ありがとうございました』
声はそう言うと、まるで最初から存在しなかったかのように、ぴたりと止んだ。
頭の中に響く感覚も、完全に消え去っている。
俺から超能力は失われた。
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