第8話 新たなるターゲット

 俺の名前は八上義人。

 『えぬ・てぃー・あーる』という名の特殊能力の所有者だ。


 部屋で寝そべっていると、頭の中に不可思議な声が響いた。

 まるで、脳の奥底から直接語りかけるような、静かでしかしはっきりとした声。


 俺の持つ超能力がアップデート情報を教えてくれたのだ。



 『──おめでとうございます。『えぬ・てぃー・あーる』できるターゲットが一人、追加されました』


 声は感情を持たない、機械的な響きだ。

 しかし、その内容は俺にとって、これ以上ない朗報だった。



「相変わらず、便利な力だな。──それで? 詳しい話を聞かせてくれ」


 俺は半身を起こし、意識を声に集中させる。



 『かしこまりました。対象の名前は「水谷麻衣」、藤井則宗の義理の姉です。藤井則宗が水谷麻衣に恋をしたことで、能力の対象に彼女が含まれました』


 藤井の義理の姉、ということは圭子さんの実の娘になるわけだ。


 ──きっと、美人だろう。



 俺の脳裏に、藤井則宗が義理の姉に恋をしたという情報が、妙に引っかかった。

 あいつがどんな顔をして恋をしたのか、想像すると少し愉快になる。



「……よし! 使ってみるか」


 思わず、口角が上がった。

 だが、つい先日、俺は圭子さんと温泉旅館に泊まるために能力を使ったばかりだ。


 連続使用になる。

 エネルギーを節約して使わなければ……。


 俺は能力『えぬ・てぃー・あーる』と相談しながら使用法を考える。

 脳内でイメージを構築していく。


 最小限のエネルギーで最大の効果を得るには、どうすればいいか。



「じゃあ、まずは風呂場に行くか」


 使用法が決まってから、俺は自宅の風呂場に赴く。

 バスルームの扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 時刻は夕方、風呂に入るには少し早い時間帯──

 圭子さんの家は、この時間は長女の麻衣さん一人きり、能力を節約して使うにはうってつけの状況だ。


 俺は服を脱ぎ、用意しておいた水着を着用して風呂場へと移動する。

 そして、能力を発動した。



 視界が白い光に包まれ、一瞬にして周囲の空気が変わる。

 漂ってくるのは、湯気と石鹸の混じった、清潔な香りだ。


 俺の目の前には美人で優しそうな大学生のお姉さんがいる。

 この人が水谷麻衣さんなのだろう。



 彼女は風呂場の脱衣所で、水着を着て俺を待っていた。

 湯上がりのような、ほんのり上気した頬が可愛らしい。


「本当に、一緒に入るの? ノリ君……」


 麻衣さんの声には、少し戸惑いと照れが混じっている。


「もちろんです、そのために水着も用意したんですから」


 俺は笑顔で答える。


 彼女は俺のことを、自分の義理の弟である「ノリ君」と思い込んでいる。

 俺の持つ能力で、そう誤認させているのだ。



 麻衣さんの身体は美しく、胸と尻が大きかった。


 見ていて飽きない。

 見放題だ。


 思わず、ごくりと喉が鳴る。

 しかし、ここで暴走する気はない、冷静を保たねば。



 俺は麻衣さんと一緒に風呂に入り、お互いの体を洗い合った。

 温かいシャワーが肌を伝い、泡が滑らかに広がる。


 麻衣さんの指先が背中を優しく撫でるたびに、くすぐったいような、心地よい感覚が全身を駆け巡った。

 風呂を出て、体を拭き合う。



 そこで能力の効果は切れて、俺は自宅の風呂場へと瞬間移動で帰ってきていた。

 パッと視界が開けると、見慣れたタイル張りの壁と、自分のバスタオルが目に入る。



「この内容だと少ないエネルギーで、満足度の高い『えぬ・てぃー・あーる』ができるな……」


 俺はニヤリと笑った。

 それから一週間に一度の割合で能力を使い、麻衣さんと一緒に風呂に入った。


 彼女と過ごす時間は、日々の退屈な日常に彩りを与えてくれた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「くそっ、気に入らねぇ……」


 俺の名前は藤井則宗、バスケ部で誰よりも努力している男だ。


 努力の甲斐もあり、試合ではレギュラーの座を射止めている。


 だが──

 どうにも最近、部の雰囲気が悪くなっている。


 試合で負けが込んでいるせいだ。



 俺は自分の持つ特殊能力「噂話」を用いて、部の空気を良くしようと試みてきた。


「結果がすべてじゃない、努力することが大事なんだ。俺たちはみんな一生懸命努力している。勝ち負けなんか気にしないで楽しくやろうぜ!」


 そんな噂を流して、部員たちの意識改革に取り組んだ。

 部室の隅々まで、その言葉が浸透するように念じる。


 努力の甲斐あって、皆の顔に少しは笑顔が戻った。


 だがそれも、少しの間だけだった。

 すぐに浮かない顔に戻ってしまう。


 練習中も、どこか諦めの色が漂っているように見える。



 俺は苛立っていた。

 最近好きになった麻衣さんは俺の義理の姉で、この気持ちは諦めざるを得なかった。

 義姉という関係が、まるで高い壁のように立ちはだかる。


 そのことも、俺のいらだちに拍車をかけている。



「くそっ、みんな結果ばかり追い求めすぎなんだよ。部活なんだから楽しくやれればそれでいいじゃないか」


 俺が体育館に向かいながら愚痴っていると、後ろから声を掛けられる。


「元気出してください、則宗兄さん。皆も兄さんが努力していることを知っています。きっと、分かってくれますよ」


 話しかけてきたのは、俺の義理の妹の真美だ。

 彼女はいつも俺の少し後ろを、一歩引いて歩いている。


 その声は、ひどく純粋で、俺の心にすとんと落ちてきた。



 こいつだけは、俺がどん底にいても変わらずに話しかけてきてくれる。


 なんて、いい奴なんだ。


 そう思った瞬間──


 トクゥン。


 胸の奥で、何かが確かに弾けた。

 それは、先ほどまでの鬱屈とした気持ちを吹き飛ばすような、温かい、そして新しい感情だった。


 俺は真美に恋をしていた。

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