おとぎ話は続く

一途彩士

しあわせなあたし

 一目見てわかった。一生隣にいたあたしが間違うはずがない。絶対にそうだ。あのとき死に別れたあなたなんでしょう?

 

 

 春。大学に行くために桜が咲き始めた近所の通りを歩いていた。おだやかな日差しに照らされた桜を眺めていると、視界の端をひらりと影が走る。


 その影を目で追って、あたしは衝撃を受けた。大学の授業とか今日の飲み会とか全部の予定が頭から消えるほどの衝撃だった。


「アロイス……?」


 優雅に羽をはばたかせ、花と花の間を飛ぶアゲハ蝶にむかって、かつてあたしを守るために死んだ騎士の名前が口からこぼれる。


 決して記憶にあるアロイスの姿とは重ならないけれど、この蝶はアロイスだって確信があたしにはあった。

 


 あたしには前世の記憶がある。

 

 前世のあたしはとある国のお姫様だった。少々お転婆気味のお姫様の目付け役として任された騎士が、アロイスだった。


 アロイスは優秀だった。歳はあたしと三つ違うくらいだったのに、まじめで城のみんなから信用されていたし、姫のあたしに正面から説教できるような男だった。剣の腕も立ち、剣の模擬試合では女の子の歓声があがった。

 アロイス、格好良かったから。かがやく金の髪と鋭い藍色の目は、あたしの宝物だった。


『姫様、あなたには立場というものがあります。それはわかっていますか?』


 アロイスはあたしへの説教の合間にはこんこんと姫としての立場を説いた。

 それがあたしを慮った愛情ゆえの行為だと気づいたのはいつだっただろう。

 

 口うるさいアロイスを邪険にしたこともあったけど、あたしは結局、アロイスの優しさに気が付いて、いつの間にか彼を大好きになっていた。


 姫として、国のために誰かに嫁ぐことはわかってる。それでも、アロイスとの結婚を願ったこともあった。


 アロイスも、決して騎士としての道から足を踏み外さなかったがあたしを想ってくれていたようだった。普段は鋭い目があたしを見つけるとやわらぐのを見るのが好きだった。


 互いが結ばれなくてもいい、それでもあたしの結婚が決まるまでは……。そう思っていたあたしたちを引き裂いたのは、他国からの侵略だった。

 その侵略行為の最中、アロイスはあたしを守って命を落とした。国中が戦火に焼かれ、あたしもまもなく死を迎えた。


 だから、こんな平和な世界に生まれなおして、アロイスと再会できたらと考えなかったといえばうそになる。


 あなたといっしょに、恋人として、いろんな時間を過ごしたかった。二人で歳を重ねてみたかった。

 


 そうして本当に再会できたんだから、あなたとあたし、やっぱり運命なんじゃないかな?


 

 人通りがそこそこある通りで、蝶を凝視しているあたしは異様だっただろう。

 アロイスは何も気にする様子はなさそうで、花の蜜に夢中そうだった。


「待ってて、ここにいてね」

 

 アゲハ蝶に話しかける人間を他人はどう思うか、このときは何も考えていなかった。ただどこにも行かないでほしいと思って、人目を気にする余裕はなかった。

 あたしの言葉に蝶は頷いた、気がした。あたしには頷いたように見えた。

 

 急いで近くの雑貨屋に走って、虫かごを買って戻る。思った通り、アロイスはあたしのいうことを聞いてちゃんとそこにいた。


「アロイス、あたしがわかる?」


 虫かごのふたをあける。蝶はゆっくりとプラスチックのケースの中に納まった。アロイスだ、とあたしはもう一度確信した。

 かごを胸に大事にだいて、とりあえず落ち着くために近くの公園へ向かう。


 

 ベンチに座って、隣にそっとアロイスを置く。途中拾った木の枝を入れた虫かごの中で、アロイスはおとなしくしている。

 大学の友達から来た連絡に「きょうはやすむ」と返して、アゲハ蝶の寿命を調べた。

 

 検索結果は数日から二週間。たった、それだけ。思わず息をのむ。

 

 じっと虫かごの中のアロイスを見つめる。目が合った。どうだろ、あたしの錯覚かも。アロイス、あなたはいまあたしを見てるのかな。あの頃のアロイスの目の面影はない。

 

 

『姫様、お転婆もたいがいになさってください!』


『大丈夫かっ?! ……いえ、ご無事でしたか、姫様』


 『最期に、あなたの名を呼ぶことをお許しください……――マルティナ……いつかまた……』

 

 

 あたしを姫様って言ってくれた声も、守ってくれた腕も、大きくて頼りがいのあった体も、あなたにはもうない。


 無残に死なせてしまったあたしの騎士。生涯あたしの騎士だったことに、後悔はない?

 

 本当は再会したら、あなたは幸せだったか聞いてみたかった。

 だけど蝶のあなたにはそれも叶わない。


 だから代わりに、あなたの今世を、できるだけ長く、きっと幸せにしてみせる。こんなチャンスに恵まれたあたしは、本当に幸運だ。

 

 アゲハ蝶を家で育てるのに適切な環境を調べて、そのままアロイスを連れて必要なものを買いに行こう。

 

 あたしたちの間に姫と騎士としての立場がない時間ははじめてだ。


 ようやく初デートだね、アロイス。あたしは虫かご越しにアロイスにキスをした。

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