第30話 「新人、来たる」
「今日から新人が入るぞー」
店長が、珍しくちょっとだけやる気のある声で言った。
(ついに、ついにや……!)
この「エブリスタ」翠川駅前店に、新しいバイトが入る日が来たのだ。
私は1年間ずっと最年少バイトの座をキープし続け、理不尽なシフトのしわ寄せや、面倒な業務を押し付けられる日々を耐えてきた。
だが、今日からは違う。
私はついに「先輩」となるのだ!
「灯里ちゃん、めっちゃ嬉しそうだね」
美羽ちゃんがレジの向こうからニヤニヤしている。
「そりゃそうだよ!これでやっと”後輩”ができるんだから!?」
「あはは、まぁ気持ちはわかるけどさ……」
「けど?」
「新人、めちゃくちゃ仕事できるらしいよ」
──え?
「え、ちょ、待って。何その情報。どこ情報?」
「さっき店長が言ってた。なんか、前に別のコンビニで半年くらい働いてたんだって」
──ちょっと待ってくれ。
新人が入るってだけでめちゃくちゃテンション上がってたのに、その新人が即戦力ってどういうこと?
「いやいや、言うても半年でしょ?うちらだって1年やってるし、後輩の指導くらいできるって」
「うーん……まぁ、見てみればわかるんじゃない?」
美羽ちゃんの含みのある言い方が、なんとなく気になる。
***
新人ちゃん、降臨
「初めまして、村瀬菜々です。よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた新人の村瀬菜々は、もう見た目からして優秀そうだった。
身長は160cmくらい。
ストレートの黒髪、清潔感のあるナチュラルメイク。
ハキハキした声と、無駄のない挨拶。
これは……できるやつのオーラ……!
「えっと、じゃあまずはレジの使い方から……」
私は一応、先輩らしく説明しようとする。
「大丈夫です。使ったことあります」
──もう!?
「品出しもやったことあります」
──早っ!!
「クレーム対応も得意です」
──強っ!!!!!
「え、ちょ、ちょっと待ってね?」
私は困惑しながら、チラッと美羽ちゃんを見る。
美羽ちゃんは「ね?」という顔をしていた。
「まぁまぁ、実際にやってみよっか」
私は動揺を隠しつつ、新人にレジを任せてみる。
──すると。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ!
速い。
え? 速すぎん?
普通、慣れてない人はバーコード探すのにちょっと時間かかったり、モタついたりするはず。
なのに、村瀬さんはまるでスキャニングマシンの化身かのように、次々と商品を通していく。
「ポイントカードお持ちですか?」
「お支払い方法は?」
「ありがとうございました!」
流れるような動き、完璧な笑顔、清潔感のある声。
──おいおいおいおい、何やこの完成された接客は。
「灯里ちゃん……」
「美羽ちゃん……」
「私たちの立場、なくない……?」
「なくない……?」
その後も、村瀬さんのスーパーバイトっぷりは止まらなかった。
・品出しのスピードが異常に速い
・陳列のバランスが完璧(もはやアート)
・クレーム客にも冷静かつ的確な対応
何より、彼女がやるとすべての作業に「プロ感」が出る。
私と美羽ちゃんは、ただ呆然とそれを見ていた。
「灯里ちゃん、もしかして私たち……クビになるんじゃ……」
「そんなわけ……いや、ちょっとわからんくなってきた……」
このまま行けば、数週間後には店長から「もう君たちいらないね」って言われてもおかしくないレベル。
しかし──。
数日後。
「店長、私、やっぱりこのバイト辞めます」
──え!?
「え、えええええ!? ちょ、なんで!?」
私は思わず叫ぶ。
「いや……仕事は楽しいんですけど、なんかこう……思ってたのと違うというか……」
「思ってたのと違う!? どこが!?」
「うーん……強いて言うなら、私、忙しい環境のほうが好きなんですよね。ここ、思ったより平和というか……」
──いや、それはめっちゃいいことやん。
「あと、なんか先輩方がずっと私を見て、『立場ない……』って呟いてるのが、ちょっと居づらくて……」
「いや、それで辞めるん!?」
村瀬さんは、申し訳なさそうに頭を下げると、あっさりと辞めていった。
残された私たち……
「灯里ちゃん……」
「美羽ちゃん……」
「結局、また最年少バイトのままやん……」
「何も変わらなかったね……」
そんなわけで、私たちはまた”最年少バイト”として、平和(?)なエブリスタで働き続けることになったのだった。
──新人、定着しなさすぎやろ!!
(つづく)
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バイト歴1年、まだ慣れません 瞬遥 @syunyou
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