第23話 綺麗だと思う

 観劇が終わった後、俺は第二体育館へと向かっていた。十五時である。

 体育館へ足を踏み入れると、中央に奴はいた。


「お前がこうして体育館に呼んだのは二回目だな」


 一回目は、あの平泉と出会った時だ。俺は、目の前にいる人物に呼ばれ、やむなくここに来た。休みに学校へ行きたくなかったが、呼んだ用件が用件なため無視できなかったた。結局、コイツは来なかったのだけれど。


 照明に照らされた奴のオデコは艶々と輝いている。


「アタシのラブラブ告白、邪魔されたしね」

「嘘つくな、こんにゃろ」


 真紘が可愛くないテヘペロをする。俺がジト目で見つめると、彼女は真顔になった。


「気づいてるんでしょ? あの時、わたしが呼んだ裏の理由」

「あぁ。お前は、俺と平泉を引き合わせるためにそうしたんだ」

「なんで、そんな回りくどいことを?」


 思えば、最近出会った奴は回りくどいことをする奴ばっかだ。


「お前に平泉を紹介されても、何かあるな、と勘繰って逃げるからな。だから、自然に且つバレない方法を選ぶ必要があった。そこで、平泉から聞いたラブレターの一件で鉢合わせることに決めた」


「我ながら上手くいったよ」真紘は腕でおでこの汗を拭う。

「そして、カナリアの一件を見て悟ったんだろ? 高島が首謀者だと」


「……?」

 とぼけた顔をしている。


「あのラブレター事件の真実に先に辿り着いた真紘は、平泉の母親の話とを掛け合わせて、推理したんだ」

「証拠は?」語尾を切り上げるように聞き返してきた。

「昨日今日と、お前からカナリアの一件について何も言及してこなかったのが証拠」


 真紘は、丸目を作ったが、すぐにゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。

「なるほどね」目尻の淵にできた涙を人差し指で払っている。「もし、アタシがカナリアの一件の首謀者が高島先輩だとわかっていなければ、真っ先に、えいちゃんや理沙に投げかける」


 昨日の帰り、俺と平泉は今回の真相を誰かに言わないよう取り決めた。

 俺は念を押すように平泉へこう言った。


『絶対、真紘には言うな。もし、この一件について聞かれたら、俺に連絡してくれ』

 その後、真紘から聞かれていないことを演劇の帰り、平泉に再確認した。


「カナリアの事件の真相が分かったから興味を失くしたんだろ? だから、気にしなかった」

「ふっ。でも、それって、学校中を熱狂させた事件の真相を分かりながら、アタシは黙ってたってことになるよね?」


 真紘は、常に面白い事件、言い換えれば、興奮するような事件をいつでも望んでいる。


「そうだ。お前は、常に面白いものを追っていたい。真相が分かった事件に、時間を取られたくなかったんだ」


 ミステリー小説のネタバレを知り、その本を読まない読者のようなもの。謎にたどり着く際の道中には興味がなく、謎の答えを真紘は知りたいのだ。


 パンチくんと公園で待ち合わせをした際に、真紘が来なかったのもそのためだ。後で俺たちから教えてもらえると、思ってのことだろう。


「そんな真紘の性格は平泉の巻き込まれ体質とは一見相性が良さそうにも思える。だが、真紘はこう考えた。『巻き込まれ体質の理沙とえいちゃんを引き合わせれば、なにか巻き込まれた時にえいちゃんが解決して、わたしはその謎を聞けて、その間は違う事件を追える』って」


 真紘は瞬きをゆっくりとした。


「だからこそ、火曜日の時点で俺と平泉をより近づけるために、あのエースとジョーカーのゲームをし、俺をひらいゼミに加入させる必要があった」

「あのゲーム名は、『真紘ちゃんクエスト』」

「ふざけた名前だな」とネーミングセンス以前の指摘をする。


 微かに痛めていた握り拳の中が、さらに痛みを増す。

 肺から熱い息が鼻を通じ、出ていく。


「一歩間違えれば、お前は平泉に辛い経験をさせるところだった」

「なに、怒ってんの?」

 自分の感情がわかった。

 これは確かな怒りだった。


「うるさい……はやく本題に移れ」

「せっかちだな〜、アタシとの勝負に負けたくせに〜」


 本来なら『真紘ちゃんクエスト』で負けたため、もう聴くことが出来ないと思っていたが、今朝、『かに座が星座占い一位だったから教えてあげる』というLONEが届いたのだ。


 こんな事なら、『真紘ちゃんクエスト』をやるんじゃなかった。


 真紘がゆっくりと近づていくる。


「最近、ようやくわかったの」俺の左へ回っていく。「えいちゃんが巻き込まれたあの事件の裏を知る関係者がこの学校にいるってことに」俺は、真紘の方へと振り向く。いない。


 不意に背中が柔らかい感触に包まれた。

 俺のお腹を彼女の細い腕がホールドする。俺の背中に体を押し付け、真紘は耳許で囁く。


「えいちゃん、あんたのお母さんが狂ってしまった事件を知る関係者がいるんだよ。アタシはね、あの事件の首謀者を突き止めるためなら、友達を危険に冒せる」


 母さんの断末魔のような叫びと、俺が部屋にあるものに八つ当たりをした記憶が呼び起こされた。


 真紘の温かい体温が、俺の強張った背中を溶かしていく。

 真紘が俺の背中を支えてくれないと、今にも崩れそうだった。


「えいちゃん、一緒に見つけよ」

「……遠回しに伝えたのか。ここに来る平泉が大事なキーパーソンだって」

「そう。理沙はそのために欠かせない。アタシが探し求めた逸材」


 ぎゅっと真紘は俺を抱きしめる。


「アタシとえいちゃんにとって、必要な探知機なんだよ」


 平泉は巻き込まれ、事件を呼び込む。

 もし真紘が言うように、裏を知る関係者が居るのなら、首謀者に近づくことができるかもしれない。その首謀者へ近づくために真紘は、事件がある所へ顔を出し、関係性があるかを見定めている。


 平泉を通して、ソイツの尻尾を掴む、か。


「ダメだ、真紘」

 俺はそっと真紘の小刻みに揺れる手に触れた。


「もう、アイツの苦しむ顔は見たくない」

 俺の言葉が終わる頃には、彼女は腕を離していた。


 振り返ると、彼女は言葉を紡いだ。


「変わったね、えいちゃん」

「お前は、変わらないな」

 真紘はまだその方向で進めていくつもりなのだろう。


「でも、えいちゃん。理沙が事件を引き寄せるのは変わらないよ。理沙は人の渦巻くドロドロとした汚い感情や憎悪に関わってしまう。まるで、神様が彼女に試練を与えているみたいに」


 そうだろうな。きっと真紘が何もしないでも、そうなってしまう。


「あぁ、その時は、門限に帰れるくらいは手伝うつもりだ」

 真紘は目を細めて綻んだ。


「先週の一件の時、大丈夫だったの? 門限、十八時半でしょ?」

「事前に連絡してたけど、こっぴどく叱られたよ。帰ってきたのが十九時半だったから、二時間説教」


 母さんは俺に対して、強い束縛をしてくる。昔は違かった。すごく優しかった。でも、今は、外で何も問題を起こさないように門限を設けている。十八時半と門限を設けているも、実質は十八時である。だから最近は、三十分説教を喰らっているのだ。


「こうやって、女子と抱き合ってたなんて知ったら、発狂もんだよ。女子の匂いが残らないようにいつも鞄の中に消臭スプレー常備してる」

「くそ、マーキングが」

「犬かお前は」

 二人で笑う。


「アタシ、好きだったな……えいちゃんのお母さん」

 過去形であるのに俺は気付く。


 脳裏には三人でピクニックに行き、レジャーシートを敷き、お弁当を食べた日々がよぎった。


「話は戻るが、その関係者ってのは」

 母さんは中学で起きた事件を契機に、今のようになってしまった。

 俺は必死であの事件の糸口を探したが、結局、未解決に終わったままだ。


「来週の末、一人の京夏生とコンタクトを取る。とはいえ、あっちも中々話すかを渋っててね。話すだけでもリスキーだから今後、密に関わって、話してくれるように誘導する」


「俺がやめろ、って言ってもやるんだよな」真紘はこくりと頷く。


 真紘が向けてくる瞳はまっすぐだった。

 あの事件の後、真紘が俺の近くにいてくれなかったら、今の俺はないだろう。

 おそらく自暴自棄になって、高校すら通わなかったかもしれない。


 真紘は俺にとって、唯一無二と言っていいほどに、大切だった。


「何かあったら、真っ先に俺へ連絡してくれ。駆けつけるから」

 真紘は目元を優しく緩め、『ありがとう』と言う。


「そんな優しくなったえいちゃんには悪いけど、首謀者の名前を知るためにはまだもう少し時間がかかる」


 首謀者、か。

 沸々と湧き上がってくるドロドロとした感情を押し殺し、微笑む。

 真紘にそのことがバレてたとしても、俺は和かな顔を作った。


「てか、真紘。昨日の告発の時は、どこに居たんだ?」

「うん? あぁ、演劇部のリハーサル見てた。今日の本番の時間は、他の予定があったし」

「そか」


 もしや、俺の恥ずかしい言葉を聴いていたんではなかろうか。


 俺は真紘の顔を窺うと、右手で口元を押さえ出した。目元は笑みを浮かべている。

 絶対聞いてる!


「『友達の大切な人なんだ』か__かっこいいね」


 早速弄ってきやがった。

 うっせ、と言い捨て、俺は踵を返す。


 後ろから声が聞こえる。


「昔のえいちゃんぽかったよ」


 靴音に掻き消されてあまり良くは聞こえなかった。


 十五時十三分の時計を横目に、昇降口で靴を履き替え、自転車小屋へと向かう。

 誰もいない校舎はやはり新鮮だ。


 だから、少しばかり鼻歌まじりに歩いてしまう。

「ふんふん、ふっ……」


「こっこんにちは」

 平泉が自転車小屋にいた。あの御めかしした装いで。


「何かいいことあったんですか?」

「いや別に、って、なんで、ここに?」


「真紘さんとこれから、デパートでお洋服を買いに行くんです」そう言いながら、俺に近づいてくる。くんくんと鼻先を俺へ向け嗅ぐ。じろりと上目遣いで俺を見上げる。


「真紘さんと会ってました?」

「べっ、別に?」俺の周りには犬が多いようだ。


「浮気役の顔してます、ドラマの」

 そんな顔をしていたのだろうか。


「悪い役を演じてみたくなったんだ」

「呑気に鼻歌まじりで家に帰ってくるところも、上手い再現です」


 感心したように頷いている。

 なんか知らんが、まぁよし。


 俺は自転車に跨ぎ、足を使って平泉の近くへ寄る。


「じゃあ、またな」

 右足で地面を蹴り上げて漕ごうとするも、待ってください、と声が聞こえ、止まる。


「ありがとうございます。今回も明智くんのおかげで丸く収まりました」

「昨日も聞いたぞ、その言葉」


「でも、また言いたくなったんです。自分の気持ちを友達に伝えるって大事だと思うので」


 涼しげな風が彼女の髪を靡かせる。

 彼女はそっと、手で抑えた。


 栗色の髪と彼女の姿が相まって、どこかの有名画家が写実したような一枚絵だった。


 俺は彼女に顔を背け、ペダルに右足を乗せる。



「今日の平泉は特に、綺麗だと思う」



「えっ」


 俺は、次こそ、止まることなく漕いだ。

 息を荒らしながら、無我夢中で漕いだ。


 自分のしてしまった恥ずかしいほどの後悔と、言ってよかったと思う高揚感が胸の奥でガソリンに変わっていくのを俺は清々しく感じていた。

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巻き込まれ少女は事件の鳴き声を聞く あけち @aketi4869

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