私の相棒は小さな街の名探偵

つゆり歩

1話「宝物」

 私は、しがない小説家だ。


 昨年、ようやく念願かなって書籍化デビューを果たしたが、その一作目以降なかなか作品が書けずにいる。とても小説家一本で生活はしていけず、デビューを果たしてもずっと、図書館司書としての仕事も続けている。


「お疲れ様でしたー」


 定時で上がって、長閑な街を歩きながら無人販売所で頼まれていたトマトを買ってシェアハウスよりどころへと帰る。

 私の住む街は、横浜市栄区という田舎街。私はこの街で産まれ育って、一度もここから出たことがないくらいこの街が好きだ。道行く人は穏やかで、あちこちに緑があって、綺麗な川が流れている。交通は若干不便ではあるが、小説家は基本リモートで対応できるので、問題はない。


 私は、昨年書籍化デビューをすると同時に、実家を出て思い切ってシェアハウスへと引っ越しをした。何故、シェアハウスなのかというと食事を作ってもらえるという理由が大きかった。そのシェアハウスのオーナーは、料理好きで人に料理を振舞いたいが為にシェアハウスを始めたのだそうだ。私は、料理が大嫌いで料理をする時間があるのなら小説を書きたい、という気持ちが強かった。だけど、外食やコンビニ、スーパー飯だけでは、栄養が偏ってしまうし健康的な料理は食べたい、そんな我儘な条件を満たしていたのがこのシェアハウスよりどころだった。

よりどころのことは、務めている図書館に貼ってあったチラシで知った。まだ、出来て間もなくて住人は、オーナーともう一人の女性と私の三人だけ。シェアハウスという場所に、多少の不安はあったけれどオーナーは良い人で安心した。

 問題なのは、もう一人の住人の女性——篠崎心春(しのざきこはる)だ。別に嫌な人ではない。煩いとか、一緒に住めないとかそういう訳ではないのだけど、だいぶ変わった女性だ。


 一年、一緒に住んでいるけれど彼女の生態は未だ不明なことが多い。


 そんなことを思いながら、シェアハウスへの道のりを歩いた。シェアハウスは、図書館から歩いてニ十分ほどの所にある。この街のシンボルといってもいい「いたち川」という大きな川沿いの遊歩道を本郷台駅とは反対方面に歩いた先、瀬上沢河川敷公園の近くにある。駅から離れていることもあって、この付近はより一層長閑だ。


 階段を登って、シェアハウスよりどころのドアを開けた。

すると、「待っていたぞ落合!」とニコニコ笑顔な篠崎が、私を出迎えてくれた。

とても嫌な予感がする。私のこういう予感は大体当たるのだ。


 ひとまずトマトをオーナーに渡して、篠崎の話を聞く体制を整えた。


「それで、今回は何があったの?」

「よくぞ聞いてくれた!今回名探偵篠崎に依頼された内容はだな、失踪した友人を探して欲しいというものだ!」


 篠崎心春の仕事は、探偵なのだ。以外としっかり名刺も有り、知名度もあって依頼は絶えないそうだ。そして、けっこうしっかりと依頼をこなす。今までの私ならば、適当にあしらっていたのだが、今回はネタに詰まっていることもあって、協力してみようかなと思っていた。


「人探し……?」

「そうなんだ。なんでも昨日の夜からルームシェアしている友人が帰って来ていないらしい。たぶん、実家に帰っているのだと思うけどメッセージは既読がつかないし、電話は繋がらないようだ」

「それは、心配だね。依頼人から写真とかはもらったの?」

「あぁ、もらった。名前は、清水沙菜二十四歳だ」


 篠崎が見せてくれた写真には、とても失踪なんてしなさそうな大人しそうな雰囲気の女性が映っていた。


「喧嘩かなぁ。ルームシェアってシェアハウスより大変そうだもんなぁ」

「なにか違うか?」

「違うよ~私たちにはオーナーの樋本(ひもと)さんがいるでしょ。樋本さんがいるから食事に困らないし、規律を保ってくれている」


 そう言って、私は樋本さんの方を振り向いた。樋本さんは、「ふふ、照れるわ~」なんて微笑みながら、料理を作っている。


「私、篠崎と二人きりは耐えきれる自信ないよ」

「そうなのか。わたしは、全然平気だが。まあ、喧嘩にしろなんにしろ依頼されたからには探し出す。明日、早速聞き込み調査を行おうと思う」

「私も手伝うよ。明日は休みだし」

「珍しいな、どうした?なにか悪い物でも食べたか?」

「食べてないし、今ネタに詰まっててどうせパソコンの前にいてもなにも書けないからね」


 たまにはインプットをする為に外を出歩くのも大事だ。


「手伝ってくれるのは助かる。では、明日の為にもしっかり食事を取って今晩は早く寝よう!」


 篠崎がそう言った時に、ちょうどご飯が出来上がった。今日の夕食は、ズッキーニとトマトと鶏肉のガリバタレモン炒めだ。


「トマトがメインの料理なのに、トマト買い忘れちゃってね~優愛(ゆあ)ちゃんに買ってきてもらって助かったわ~無人販売所のトマトが一番おいしいのよ」

「分かります。あそこのトマトは一番おいしいです。それに大きくて安いのがお得ですよね」

「そうそう」


 実家にいた頃から、図書館の近くにある無人販売所にはよくお使いに行っていた。私の母も、あそこのトマトが一番おいしいと絶賛していたのを覚えている。


「違いはよく分からんが、今日のご飯もうまいな」


 篠崎はパクパクと箸を動かしている。


「本当に、樋本さんのご飯はおいしいです。毎日助かってます」

「それは良かったわ」


 それからしばらく、私たちは楽しい食事の時間をおくった。お皿が空になり、食後のお茶を淹れている時に「そういえばね」と樋本さんが今日起きた不思議な出来事を話し始めた。

 樋本さんは、時々シェアハウスにちょっとした事件を持ち込んでくる。そういう体質だそうで、篠崎が探偵を目指すきっかけを作ったのも樋本さんが持ち込んだ事件からだったと前に話していた。


「今日ね、戻って来てからバッグの中身を整理していたら私のペンじゃないペンが紛れ込んでいたのよ。どこで、紛れ込んだのかも分からなくて、ひとまずここに置いておこうと思うんだけど、持ち主が困ってないか気になっちゃってねぇ……」


 そう言って、樋本さんが机の上に置いたペンは、よく就活や大学説明会などで貰うようなシンプルな企業ロゴが入ったペンだった。


「ふむふむ、この名探偵篠崎が人探しついでにペンの持ち主も見つけ出してあげようじゃないか!」

「出来るの?企業ロゴ名しか情報のないペンの持ち主を探すなんて、かなり大変だと思うけど?」

「そんなの企業名を検索かけてそこへ電話をして、昨日ペンを無くした者がいないか確認を取ってもらえば簡単なことだ!」


 それはそうかもしれないが、その方法も楽ではないだろう。企業だって忙しいのだから、たかがペンの持ち主を探す協力をしてくれるとは思えない。これが、その企業にとって無くしてはならない大切な物だったならまだしも……。


「出てこない、だと?」


 どうやら早速検索をかけたらしいが、企業名はヒットしなかったようだ。


「AI時代といわれている今の世の中で、ネット検索をして出てこない企業があるとはな。なかなかの強者だ……」


 確かに、今時珍しいかもしれない。どんな小さな企業でも、なにかしらのSNSはやっているイメージがある。私が勤めている、地元の小さな図書館でも立派な公式サイトがある。公式サイトを見て図書館に来る人がいるのかは不明だけれど……。


「どうしたものか……」

「そこまで気にしなくて良いのよ~心春ちゃん。心春ちゃんたちは、人探しの方を気にしないと。そっちの方が断然大事よ」

「……そうだな。よし、わたしは風呂に入って寝る。落合も明日に備えて早く寝ておいた方が良いぞ!探偵の一日は早いからな!」


 そう言って、篠崎はお風呂場へと向かった。篠崎がリビングからいなくなると、急に静かになる。ふぅと息を吐き、私も言われた通り早く寝ようかと席を立った。


「樋本さん、私も今日は早めに寝ますね」

「はいはーい」


 リビングを出ようとした時、ふと昨日はそこになかったカレンダーが目に入ってきた。


「こんなカレンダーありましたっけ?」

「今日、出来上がったのよー素敵でしょ?」

「はい。とても可愛いイラストです」

「ふふ、それ描いたの心春ちゃんなのよ」

「え?」


 まさかの名前に私は大げさに驚いてしまった。だって、篠崎が絵を描くなんて想像もしなかったから。


「心春ちゃん、よく分からない仕事をしているけれど、すごく才能のある子なのよ。でも、本人はあまり絵を描いていること知られて欲しくないみたいだから、秘密ね」

「……分かりました」


 私は、もう一度カレンダーを見てからリビングを出た。篠崎と入れ替わりでお風呂に入る時に、思わず言いそうになったけど、もしこれで微妙な空気になっても嫌だったので、黙っておくことにした。


 私も、小説家であることは二人に言ってはいるけれど、ペンネームや書籍化されている作品のタイトルは教えていないから、知られたくないという篠崎の気持ちも分からなくはない。


「可愛いイラストだったなぁ」


 普段の篠崎からは、想像もできないようなイラストだった。あれは、水彩画だろうか。

 いつか篠崎からイラストの話を聞けたら良いなと思いながら、その日はいつもより早めに眠りについた。


「……い、落合!朝だぞ!」

「ん~~~~」


 眠い目をゆっくりと開けると目の前に篠崎の顔があった。


「うわっ!」

「そんなに驚かなくとも良いではないか。探偵の朝は早いと昨日、言ったはずだが?」


 ふと時計を見ると時刻はまだ朝五時。いや、いくらなんでも早すぎる。私の休日は、大体九時起きだ。今日も、早いといってもせいぜい八時くらいだろうと思っていたのに。


「早い方が涼しくて気持ちが良いぞ!ほら、早く起きて朝食を食べよう!」

「はいはい、起きるから待っててー」

「分かった。では、先に朝食を取っているぞ」

「お湯、私の分も沸かしといてー」

「了解した!」


 篠崎は、そう返事をすると私の部屋を出て行った。まあ、たまにはこんなにも早い休日も良いだろう。大きく伸びをして、私は着替えをして、リビングへと向かった。


「篠崎、その恰好飽きないね~」

「ん?これか?これは、わたしの制服みたいなものだからな。制服に飽きるもなにもないだろう?」

「そうだけどさー」


 篠崎心春の変なところは、性格だけでなくその恰好にもあった。探偵として外に出る際には、必ずシャーロックホームズのコスプレをしていくのだ。これがまた似合っているのが腹が立つのだけど……。様になっているものだから、この小さな地域ではちょっとした有名人で〝栄区のシャーロックホームズ〟なんて呼ばれている。


「まあ好きな格好したら良いけどさ」


 一年も共に過ごしていれば、だんだんと見慣れてはくるけれど、やっぱりシャーロックホームズのコスプレをした人がキッチンで目玉焼きを作っているのは違和感がある。まあ、迷惑をかけている訳でもないから良いのだけど。


 私は、篠崎が先に沸かしてくれていたポットのお湯を使い、紅茶を淹れて朝食の準備を始めた。朝食は、自分たちで勝手に食べることになっている。昼は希望があれば作りに来てくれる。今日は、外で食べる流れになりそうだからと昨日断りを入れておいた。私は、朝はあまり食べない方なのだが篠崎は、以外にもしっかりと朝食を取るタイプだ。ホテルのバイキングかのようなラインナップに見ているだけで胃もたれしてしまいそう。私は、ロールパン二個とヨーグルト、紅茶だけで充分。


「それで、どこに聞き込み行くかは決めてるの?」

「あぁ、矢沢堀川の水車で待ち伏せをするつもりだ」

「待ち伏せ?」


 矢沢堀川の水車とは、栄区にある矢沢堀小川アメニティという小さな散歩道の中にぽつんとある古い水車だ。趣があって私も好きで時々、眺めに行っている。


「なんでも、清水さんは落ち込んだりなにかあった時はよくそこでぼんやりとしていることがあるそうだ」

「なるほど、何となくの居場所は分かっているんだね」

「そうみたいだな。昨日の夜に一つ思い出したことがあると言ってメッセージが入っていた。だけど、自分には会いたくないのかもしれないから、行って来てほしいと言われている」

「そっか。早く仲直りが出来ると良いね。喧嘩がどうかは知らないけどさ」

「そうだな。よし、食事も終わったことだし、ぼちぼち出掛けるぞ!」


 篠崎は、たくさんの朝食をあっという間に食べてしまっていた。


「待ってよ~」


 私も紅茶を飲み干して、バッグを持ち玄関へ向かった。


 五時台の朝の空気は、確かに気持ちが良い。ここ最近ようやく秋らしい季節にはなってきたけれど、昼間はまだまだ暑い日が続いている。私が出勤する時間はもう、だいぶ暑くなっている時間帯だったから、五時台がこんなに涼しいとは知らなかった。


「気持ち良いだろ!」


 篠崎は、楽しそうに歩いている。


「そうだね。たまにはこんな日も良いかも」


 篠崎のように毎日、早起きなんて私には出来そうにはないけれど……。


 早朝のいたち川にはほとんど人の姿はない。たまに犬の散歩をしている人や、朝練に向かう近所の高校生とすれ違う程度。その人たちは、きっとよく篠崎と会っているのだろう。特に珍しがることもなく、私たちの傍をすーっと通り過ぎていく。


「あらぁ、心春ちゃん。今日は相棒がいるのねぇ」


 扇橋を渡ろうとした時、反対側からコーギーを連れたおばちゃんが話しかけてきた。


「井上さん、おはよう!そうなんだ、今回は頼れる相棒が付いている!」


 相棒とは私のことだろうか。いつから私は篠崎の相棒になったのか……。私が困っていることになんて気がつかずに二人は、楽しそうに会話を続けている。


「それで、今回はどんな依頼を引き受けたの?」

「人探しだ。といっても、もうほとんど見つかっているようなもんなんだがな」

「そうなのね。じゃあ、景気づけに飴ちゃんをあげるわ。相棒さんの分も」

「有難く頂くとしよう」

「ありがとう、ございます」


 飴ちゃんをくれるおばちゃんに初めて出会った。おばちゃんは「頑張ってねー」と言いながら、去って行った。


「さっきの人、知り合い?」

「あぁ、この時間帯に活動すると毎回会う井上さんだ。いつも、飴ちゃんをくれる。探偵は、体力を使うから甘い物は有難い」

「へぇー」


 私は、今日初めて飴ちゃんをくれるおばちゃんに出会ったのに、篠崎は良く貰っているというのは何かそういった人や物を惹きつけるオーラみたいのが篠崎にはあるのだろう。


「そろそろ水車の辺りだな。それにしてもこの辺りは本当に静かだな」

「そうだねぇ」


 川の流れる音や、鳥の鳴き声たまにリスの鳴き声がするくらい。早朝なのもあってまだ車の通りも生活音もしない。昼間や夕方は、狭い道だけどそれなりに車も通っていて人通りもあるから、ここまで静かではない。早朝に来たのは初めてだったので、新鮮な気持ちだ。


「お、水車だ。今日も元気に回っているな」

「綺麗だねぇ」


 私たちは水車の前にあるベンチに腰を下ろした。


 水車が回る音というのは、とても心地が良い。確かに気分が沈んだ時、この音を聞いていたら気持ちが解れるような気がする。


「何時くらいに来るとかは分かってるの?」

「さすがにそれは分からない。だが、待っていればいずれ会えるだろう」

「ずっとここでぼんやり待っているつもりなの?」

「そうだが?」


 平然と篠崎は答えた。何と辛抱強いことだろう。何もせずここで、来るかも分からない人を待つというのは、普通の人には出来はしない。今日は、まだ私がいるからおしゃべりをしながら待てるけれど、いつもは一人でこういうことをしている、という訳で……。


「篠崎はすごいなぁ」

「なにもすごくはないと思うが……」

「篠崎のこの行動が、二人を救うきっかけになるかもしれないんだから、すごいことだよ」

「そうか。わたしとしては、小説が書ける落合の方がすごいと思うがな」


 良い話題がきた、と思った。この流れなら篠崎にイラストのことを聞けるのではないか。「篠崎「落合!ターゲットが来たぞ!」


 タイミングが良い時に限って、上手くいかない。はぁ、と小さくため息をついた。


 篠崎の声に気が付いた清水さんは、何か察したのだろう。こちらには寄らずに通り過ぎようとした。私たちはベンチから立ち上がり、清水さんに声をかけた。


「清水さん!」

「待っていたぞ。君の親友に依頼されて、君を迎えに来た」

「……なんで、ここが分かったんですか?」

「君の親友に教えてもらった」

「夏鈴が……」

「何故、連絡もせずにルームシェアの家に帰らない?喧嘩でもしたのか?」

「違うんです。話しますから、あそこのベンチに座っても良いですか?」

「あぁ、もちろんだ」


 私たちは、水車の前のベンチに三人で腰を下ろした。


「……一昨日、夏鈴があたしの為だけに作ってくれた世界でたった一つの大切なペンを失くしてしまったんです。一生大事にするって言ったのに、あたしの不注意で失くしてしまって顔向けできなくて……」


 ペンを失くした、という言葉に私と篠崎は顔を見合わせた。まさかとは思うがオーナーのバッグに入っていたペンの持ち主なのでは……?と。


「失くしたペン、というのはこのペンか?」

「「え?」」


 私は、清水さんと一緒になって驚いてしまった。篠崎は、ペンの写真を撮っていたみたいでスマホの画像を見せて聞いた。


「そ、そう!それです!どうして?というかそのペン今どこにあるんですか?」

「まあまあ落ち着いて。このペンは今、わたしの事務所兼、自宅であるシェアハウスよりどころにある。今から取りに来てくれるか?」

「もちろん!あぁ、良かったです。まさかこんな偶然があるなんて……」

「一昨日、うちのオーナーのバッグに知らぬ間に紛れ込んでいたらしい。どこかで落としたのがバッグに入ってしまったのだろう」

「……一昨日、あぁ思い出しました。確か、バスの中で手帳にメモ書いててそのまま限界来て寝落ちた時かもしれません。慌てて降りたからペンがないことに気が付かなくて……きっと、あの時に隣の人のバッグにするって落ちちゃったんですね」


 何となく想像は出来る場面だった。バスの中や電車の中というのは、慌てていると物を落としてもなかなか気が付かない。


「変な人の元に渡らなくて良かったです……。ただのペンですけど、あたしにとってはこの世で一番大切な物ですから……」

「企業名のような物が入っていたから検索を掛けて探し出そうとしたが、検索に引っかからなかったのだが、これは企業名ではないのか?」


 初めての人に対して、よくもまあこんなにずけずけと質問が出来るな、と篠崎に感心していた。


「やだ、恥ずかしい……!そのペンに記載されているロゴは、あたしが趣味で書いている小説に出てくる企業名だから、実際には存在しないんです」

「なるほど。そういうことだったのか。それは、検索を掛けても引っかからないはずだ」


 私は、ぼんやりと二人の会話を聞いていた。


「よし、では早速シェアハウスよりどころへ向かおうではないか!オーナーに連絡をしてから行くから、先に歩いててくれ」


 何故、先に?と疑問に思ったが何かを企んでいるような笑顔を見て私には分かった。きっと、この間に依頼人もシェアハウスへ呼びだして置くのだろう。気づけば、時間は八時を回ろうとしているが、それにしても休日の朝にしては早い気がするが、オーナーも依頼人も起きているのだろうか。


 私はしばらく、清水さんと二人になった。

小説に関して話をしようかな、とも思ったけれどやっぱり、他人に自分が小説を書いていることを話すのは出来ない。篠崎みたいにずけずけと質問をすることも出来ず、ただ無言の時間が続いてしまった。


「待たせたな!オーナーすごく安心していたぞ」

「けっこう気にしてたもんねぇ」

「あぁ。こんな偶然があるんだな、と驚いていた」


 いくら小さな地域といえど、あまりに偶然が重なり過ぎていてこれはなかなか面白いネタになるのでは、と感じていた。オーナー以外の登場人物が全員、何かしらの創作をしているというのも不思議な繋がりだ。


 シェアハウスまでの道中は、篠崎が清水さんと清水さんの創作の話をしたり、篠崎の噂は、最近地域外にも発展しているという話を聞いたりした。


「すごいじゃん、篠崎どんどん有名になっていくね」

「まあ、名探偵篠崎に任せればどんな依頼もすぱっと解決してしまうからな!」


 わっはっはーと高らかに篠崎は笑った。篠崎みたいに私もなれたら良いのになぁ。


「篠崎さん、かっこいいですね。今度、あたしの創作のネタに出しても良いですか?」


 私は、清水さんのその言葉にはっとした。それは困る。篠崎をネタに小説を書きたいと思い始めているところなのに……! 


「うーん、それは困るな。わたしをネタに使って良い小説家は、落合だけだ」


 そう言って、篠崎は私を見て笑った。


「え!おねーさんも小説書くんですか?」

「あーえっと、うーん、まあ……」

「落合はプロの小説家だぞ!」


 私が言いたくても言えなかったことを、すらすらと篠崎は言ってしまった。


「すごい!あたしは趣味で書いているだけですから憧れます。ペンネームは?書籍化はされてます?」


 清水さんは、篠崎に劣らず質問をバンバン投げかけてきた。


「ごめんね、あんまり人に言いたくなくて……」

「そうですか。まあ、なかなか言い出せないですよね。でも、もし言いたくなったらいつでも教えてくれて良いですからね。どんな作品でも読みますから!」


 清水さんは、笑ってそんな嬉しい言葉を言ってくれた。


「ありがとう。いつか、言える時がきたら言うね」

「わたしが出る小説を書く時には一番に読ませて欲しい!」

「うん、書けたらね~」


 篠崎みたいに私は小説家だ!私の作品を見よ!と声高らかに言えたら良いのだけど、そこまで言える自信が私にはない。だけど、篠崎に小説家だと紹介してもらえたのは、何だか嬉しかった。それに、自分をネタに使って良いのは私だけだと言ってくれたのも。


「ここが、シェアハウスよりどころだ!」

「へぇ、シェアハウスちょっと気になってはいたんですよね。でも、勇気が出なくて結局ルームシェアにしました。シェアハウスに入るの初めてなので楽しみです!」


 そう言いながら、清水さんは階段を登った。


「ただいまー」


 と三人でリビングへ向かうと、そこには既に依頼人の原夏鈴さんとオーナーがのんびりとお茶を飲みながら待っていた。


「沙菜っ!」

「夏鈴⁉何でここにいるの?」

「も~~心配したんだよ?私は、名探偵篠崎さんに、沙菜を探して欲しいって依頼をしていたの」

「そう、だったの……」

「そしたら、偶然の出来事?が重なって今私たちがこの場にいるって訳」

「ごめん。あたし大事なペン失くして、顔向けできなくて、見つかるまで帰らないつもりでいたの」

「そこまで気にしなくて良いのに!せめて連絡くらいして。そしたら一緒に探すし」

「うん、これからはちゃんと言う。心配かけてごめん」

「無事でよかった……!」


 二人はしばらく抱き合っていた。


「感動の再会に水を差すようで悪いが、清水さんが探していたペンはこれで合っているか改めて確認してくれ」


 そう言って、篠崎は清水さんにペンを渡した。


「はい、合っています。本当にありがとうございますっ」

「良かったわぁ。持ち主のことがずっと気になっていたの」


 樋本さんは、ほっとした笑みを見せた。


「親切な方の元に落ちてくれて本当に良かったです。これからは気を付けます」

「今回のご依頼の報酬は、後日しっかりお振込みしますので。今後もなにかあったら助けてくれたら嬉しいです。ご迷惑おかけしました!」


 ペコリと原さんは、丁寧にお辞儀をした。


「お騒がせしました……!」


 清水さんも、そう言って二人は笑顔でシェアハウスを出て行った。


 二人が去ったシェアハウスは、しんと静まっていた。樋本さんは、いつもより早く起きたから昼寝をすると二階へ上がった。私も昼寝をしたい。


「ペンの持ち主も依頼人の探し人も見つかって良い日だ~」

「でも、特に名探偵らしいことしてないよね?」

「……案外、はっきり言うな?今回はたまたま運が良かっただけだ。だが、あそこでわたしがペンの写真を撮っていなければ、こんなにすんなりはいかなかったかもしれないぞ。言葉で説明しただけは信じてもらえる可能性は低いからな」

「それは、確かにそうかも」


 もし、私が篠崎だったらそこまで気は回らなかっただろう。もっと回りくどい方法で事は進んでいっていたかもしれない。


「名探偵たるもの、どんな出来事も事件の解決に繋がると思って意識して行動をしなくてはならないんだ」


 真剣な表情でそういう篠崎は、ちょっとかっこよかった。

それから、篠崎はノートに今回の依頼の記録を書き始めた。毎回、事件簿をつけているそうだ。ノートは、後少しで終わりそうなところまできている。


「ねぇ、そろそろそのノート使いきるでしょ。今度私が新しいノート記念にあげようか?」


 ふと私はそんなことを聞いてみた。


「どうした突然」

「あの二人を見てたら大切な人になにかプレゼントを贈るのって素敵だなと思ったんだ」

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて落合のとっておきのノートをプレゼントしてくれ!」

「おっけー!任せといて!」

「代わりに私にもなにかプレゼントさせてくれ」


 その言葉を聞いて、今度こそ話題に出せる時がきた……!と私は拳を握って言った。


「じゃあ、私の作ったキャラクターの絵を描いて欲しいな」

「な、何故、私が絵を描けることを知っている……!」 


 いつも平然として飄々としている篠崎が珍しく狼狽えている。


「そのノートに描いてある絵かわいいし、このシェアハウスに飾ってあるカレンダーは篠崎が作ったものって教えてもらったよ」

「オーナー!!秘密にしてとあれほど!」

「何でそこまで秘密にしたかったの?」

「私の見た目からこんな絵を描く人間に見えないだろう……似合わないと思われるのが嫌だったんだ」


 まあ、確かに篠崎のボーイッシュな見た目からメルヘンチックなイラストが生まれてくるのはびっくりしたけれど、似合わないなんて思わない。


「良いと思うけどなーせっかく名探偵としての名前は売れているんだから、絵の方も売っていこうよ!もったいないよ。私もこれから自分の小説、広めていこうと思うからさ協力して欲しいな!」

「そう、か……。ん?待てよ」

「何?」

「それは、つまり落合の小説を読ませてくれるってことか?」

「うん。今日、篠崎と一緒に行動して私も、もっと堂々と自信持っていってみようかなって思ったんだ。だから、まずは身近なところから」


 今回、共に行動して非日常を味わってとても良い刺激をもらった。ずっと思いつかなかった新作が書けそうな気がするんだ。


「そうか、それならとびきりのイラストを描いてあげよう!」

「ありがとう。楽しみにしてるね」

「あぁ、わたしも楽しみにしている」


 篠崎と私は、笑い合った。


 こうして、平凡な日常をおくっていた私の日々は、徐々に名探偵篠崎に巻き込まれて行き、騒がしい日常へと変わっていった。


 そんな毎日も悪くない、と思いながら今日も一日が終わっていく――


                                   了






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私の相棒は小さな街の名探偵 つゆり歩 @tsuyuri_0507

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