あっという間に

@payful

第1話:暁

 アスファルトに反射する雨の音で、生きている心地がする深夜。十八歳の俺は現実逃避をしようと外へ出た。今日も先の見えない道を歩いていたことに気がついて、自分の存在を確認したくて焦って声を出す。

「あっ」

久しぶりに声を出したせいで、三日三晩砂漠をさまよっていたかのような乾いた声しか出すことができなかった。前を向けない。俺の脚には、重い鉛が携えてある。アスファルトでさえ、足跡をつけることができるのではないかと思うほどであった。

 ぼんやりと足元が明るくなったことに気づくと、俺はオアシスを発見したかのように思えた。コンビニエンスストア。多くの人が行き交い、多くの人が利用する。そこには確かに存在意義がある。雨宿りに丁度いい。そのときの俺の目的はそれだった。それさえできれば、他に何も求めていなかった。

 コンビニに入ると、暗闇に慣れた俺の目に鋭い光が刺さって痛かった。聴き馴染みのある音楽とともに俺の入店を歓迎されると、入口のすぐ右側にある雑誌コーナーにハゲたスーツ姿の男性客が真剣な眼差しでグラビアのページをめくっているのが見えた。カウンターには、髪が長いセンター分けの男性店員が無表情で立ち、奥の冷蔵庫の前では、いかにもDQNな男二人組が屯している。一人は白いヒートテックのような服にぴちぴちのジーパンで、もう一人も似たような格好。生きてる目的も存在意義も分からないやつら。タバコでしゃがれた憎たらしい声で「それエグイってw」「おまえふざけんなw」大体会話はこんなもん、たいした話もしていないから、記憶に残らなかった。というより、俺の頭の中には「絡まれないといいな」こればかりが浮かんでいた。特にすることもないので、おっさんの横で週間雑誌の立ち読みをする。

「すみません」

おっさんの前の週間雑誌を取るためにそう言うと、怪訝な表情で俺のことを睨んできた。俺は、こんな時間に何してんだよ。もっと意味のあることをしろよ、と思いながらグラビアのページをめくっていた。


 雨があがり、外へ出た。外はまだ、薄ら寒く俺の帰宅を促しているようだった。ようやく気分転換が終わりを告げ、家へ帰ろうとしていたそのとき半笑いの憎たらしい声が俺に近づいてきた。

「あっ」

 俺はこのときまで自分の存在意義が分からなかった。生物には元々そんなものはないのかもしれないが、そんなこと当時の俺は、思いもしなかった。


「消えるならなるべく早い方がいい」


十六の時にそう思ってから七年経った。

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