エアリー
コーヒーをいれる。
キッチンボードで、インスタントコーヒーの瓶を掴むと、瓶は軽かった。
中を覗くと、微妙な量。
カップに入れてみると、かなり少ない。
逆さにして瓶の底を何度か叩いたところで増えるはずもなく。
「ふぅー…」
まあいいか。
お湯を入れようと電気ケトルを持ち上げると、ケトルは軽かった。
カップへ注ぐと、やっぱり少ない。
しかもぬるい。
「ふぅー…」
まあいい。
どうせ粉が少ないのだから、お湯も少なくていい。
ぬるくたって、猫舌だし。
引き出しを開けて、コーヒーフレッシュの袋に手を伸ばす。
中を探って袋を取り出すと、袋は軽かった。
1個も入っていない。
「ふぅーー…」
まあまあまあまあ。
袋のシワを伸ばして半分に折り畳む。
それをまた半分に折って、半分に折って、また半分、折って折って半分半分半分…
限界まで小さく畳んでゴミ箱へ入れた。
「ふぅー…」
カフェオレにしよう。
気を取り直して冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、パックは軽かった。
「んぐ……ふぅぅーー…」
カップへ傾けると白い雫が3滴落ちた。
「ふぅぅぅぅーーー……」
ソイだ。
コーヒーにはやっぱりソイだろ。
豆乳のパックも軽かった。
「ぬーーー………」
振ってみるとシャバッという音がする。
注げば細く頼りなく、ツーツツツチョンチョンチョンと、薄茶色のコーヒーがなんとなく濁った。
パックをズハズハズハズハと執拗に押し、泡立った豆乳が少々乗ったところでカプチーノが完成した。
カプチーノだ。
カプチーノだよ。
スプーンを回してひとくち飲む。
ウスヌルマズイ。
ほんの少しだけ残っていた元気が消えた。
焦点を合わせるのも面倒に、ボサッとした視界の隅に気になる物がある。
見ると、透明なビニールに入った小さなブラウニーが、トースターの下へ潜り込んでいる。
誰かのお土産か何かだろうか…
食べたい。
ブラウニーを食べれば、この濁った薄茶色の飲み物も、美味しく感じられそうな気がした。
取り憑かれたように手がブラウニーへと向かって行く。
「アッハハハハァァァ!」
後方から、ご機嫌な母の笑い声がして我に返った。
我が家に巣くう甘味異常執着妖怪。
甘くない物は味が無い。
甘ければ甘い程うまい。
食べ物は甘いか、それ以外か。
ブラウニーは甘い。
勝手に食べれば、たらたらねちねち嫌味を言われるに決まっている。
お伺いを立てなければと、ブラウニーを振り向き様に掴んだ。
愚かだった。
すぐに分かった。
だが、止められなかった。
ボサッとした脳からの停止命令は届かない。
無駄な問いは、投げかけられた。
「これ食べていー………」
テレビの前の甘味異常執着妖怪が、固定された笑顔を、こちらへ向けた。
「どーぞー」
分かっていた。
答えは分かっていた。
掴んだ瞬間、分かった。
違う。
ブラウニーは軽かった。
妖怪は、コレに、興味は無い。
フリーズドライ赤だしなめこ味噌汁…
HTR メメ @mementcomori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。HTRの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます