片想いの終着駅

あきせ

秘密基地

赤く錆びついた駅名標に、かすれた文字が残る。誰も訪れなくなった小さな廃駅だ。夕焼けがホームを橙色に染め上げ、人気のないベンチに私一人が座っている。


学校から少し離れたこの駅は、私と拓海が「秘密基地」と呼んでよく来る場所だった。古びた木造の駅舎と朽ちた線路には、なぜか温かな思い出の匂いが満ちている。部活帰りに寄り道して語り合った日、テスト前に一緒に勉強した夕暮れ――すべてが昨日のことのようだ。拓海と二人、何でもない話で笑い合った時間が、ここには確かに刻まれている。


今日も、放課後に拓海から「話したいことがある」と誘われ、胸を高鳴らせながらこの駅にやって来た。オレンジ色の空の下、待ち合わせの時間に息を切らして彼が駆け込んできた。制服のネクタイを緩め、額の汗を手で払いながら、拓海は申し訳なさそうに笑った。「ごめん、待たせたかな?」その声に、私は慌てて首を横に振った。「ううん、今来たところ」心臓の鼓動が速くなった。拓海は私の隣に腰を下ろすと、一瞬言葉を探すように視線を彷徨わせた。珍しく真剣な横顔。オレンジの光が彼の輪郭を柔らかく照らし出していた。私も息を詰めて、それを待つ。沈黙に耐えきれず私が口を開きかけたその時、拓海がぽつりと呟いた。


「……好きな人が、いるんだ」


頭の中で何かがはじけて、時間が止まったような気がした。好きな人――? 拓海の言葉を胸の奥で繰り返す。視界の夕焼けがにじんだ。


「そっか…」ようやく絞り出した声が震えないように、精一杯平静を装った。いつもなら真っ先に笑顔で「よかったね!」と言えるはずなのに、言葉が見つからなかった。


拓海は気づいていないのか、安堵したように息を吐くと、語り始めた。「去年の文化祭で同じ係になった子でさ、明るくて、皆にも優しくて、ずっと気になってたんだけど、最近になってそれが恋だってわかったんだ」話す横顔はどこか楽しげで、目が遠くを見つめている。その瞳に私の映る余地はない。


私は唇を噛みしめて、拳をぎゅっと握った。どうにか笑顔を作ろうとするけれど、うまく笑えている自信がない。拓海がこんなに誰かを想って輝いた表情をするのを、初めて見た。嬉しいはずなのに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。


「それでその子にはもう気持ちを伝えたの?」やっとの思いで声を絞り出す。出てきた言葉は、自分でも驚くほど普通だった。まるで親友として応援するような、そんな響き。


拓海は首を振り、照れたように笑った。「まだ。でも、いつかちゃんと伝えたいと思ってる。美咲には、笑顔でいてほしいからさ」名前を口にした瞬間、彼の表情がふわりと緩む。その笑顔は、私が大好きな拓海の笑顔そのものだった。でも今、その笑顔の理由が私ではないことが、こんなにも痛い。


私はかろうじて「そっか、応援してるね」と返した。自分で言った言葉が遠く聞こえる。応援なんて、本当はしたくない。だけど拓海が幸せになれるなら、私は——


拓海は夕焼け空を見上げ、「聞いてくれてありがとう。やっぱりお前に話せてよかったよ」とはにかんだ。その言葉に胸が痛む。私は笑顔を作り、「ううん、私でよければいつでも話してね」と返すのがやっとだった。


ふと気づけば、あたりは薄暗くなっていた。茜色だった空はいつの間にか群青へと溶けかけている。「もうこんな時間か。そろそろ戻ろうか」と拓海が立ち上がった。私もつられて立ち上がったが、胸の痛みはまだ消えていない。このまま一緒に帰ったら、張り詰めた気持ちが壊れてしまいそうだった。思い切って口を開く。「先に帰ってて。私、もう少しだけここに残るね」


私は慌てて笑顔を作り、言葉を付け足した。「夕焼け、もう少し見てから帰りたいから」


拓海は不思議そうに首を傾げたが、「そっか。じゃあ、また明日学校でな」と手を振って駅の出口へ歩き出した。去り際に振り返り、「ありがとう、お前が親友で本当によかった」と優しく微笑んだ。その笑顔は夕闇の中でもはっきりと見えて、胸に突き刺さる最後の一撃のようだった。


拓海の背中が闇に溶け、足音が遠ざかっていく。私は誰もいなくなったホームに一人立ち尽くした。堪えていたものが一気に溢れそうになる。ぎゅっと唇を結び、空を仰ぐ。滲んだ視界に一番星が瞬いていた。


「私もずっと、好きだったよ。拓海のこと——」


声に出せたのは、誰にも届かないかすかな囁きだけ。静かな廃駅に、ひとり言が吸い込まれていく。動かぬ線路が行き先のない今の私の想いと重なって見えた。


もうこのホームに電車が来ることはないように、この恋もきっと報われることはない。それでも、この恋が思い出に変わる日まで、大好きだった人の幸せを祈りながら、そっと見送りたい。


ゆっくりと瞼を閉じると、一粒の涙が頬を伝い落ちた。夕闇の静けさの中、それはあまりにも冷たく感じられた。

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片想いの終着駅 あきせ @yuke7my

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