妖精の泉にガラケーを落とした生徒会見習いのお話
浮地 秤
妖精の泉にガラケーを落とした生徒会見習いのお話
◇
五月の炎天下。
生徒会見習いメンバーの私、
とはいってもこの森は、私たちの全寮制学院の広大な敷地内のほんの一角。
学院の正門を出て、たったの徒歩十分である。
◇
「
養護教諭であり、生徒会担当教諭でもある
◇
「ああ、暑い!」
胸から下げた学院の星の紋章のネックレスに、汗が伝った。
これは、進級試験の首席に贈られるものだ。
一通りの作業を終えた私は外に出て、白いマスクを外した。
「ぶはあっ!」
森の木々は青く、泉は輝いている。
生徒会見習いメンバー。
その実態は、
「私って、実に模範的な生徒だと思わない?ねえ。
私は携帯をパカリと開けると、待ち受け画面で笑う、親友のステフに話しかけた。
これは、もう十年使っている私のガラケーだ。
今どきガラケーなんて周りにはドン引きされるけど。
これは、とてもとても大事なものなのだ。
◇
「り、
入学一ヶ月後の生徒会室。
私が、同じく生徒会見習いメンバーの
大きな胸の前には、ゆるりと結ばれた白いスカーフ。
ふんわりとした茶色のウェーブヘアが、春の風にゆらりと揺れると、日だまりと花の香りが漂った。
白い肌。
薔薇色の頬。
「
私の取り巻き女子の一人――もちろん私が望んだわけじゃなく、気づけば勝手に居た――
リボンは幾重にも重なり、
整った輪郭。
上がった目尻。
彼女はさながら、
ちなみに、私が食べている幕の内弁当は彼女のお手製だ。
「あら、
「ほんとだわ、型落ちの
麗子の取り巻きである、双子の
彼女たちも見習いメンバーではあるが、蝶というよりは、……芋虫?
「……えっと。あたし、ガラケーだけど」
私はおしぼりで口を拭き拭き、もう片方の手を挙げながら、おずおずと切り出した。
「ま、ま、まさか。
「ホントよ。じゃーん!楽々シルバー・ガラケー・フォン!!」
私は、二つ折りのガラケーをパッカン!と開き、
「
「……ああっ!文字が、凄く、大きいっ!」
「れっ、
「保健室へ行きましょう!」
「え、ええ……。まあいいや、
「ご、ごめんなさい、
「……あれ?」
ヒュルリラー……と、凍りつく生徒会室。
他の生徒会見習いメンバーたちが、ざわざわ、ひそひそと騒ぎ出した。
「え、ガラケー?」
「やば」
「動くの?」
「爆発しない?」
「ちょっと!みんな、警戒しすぎ。大丈夫よ!触ってみてよ。ちっとも怖くないわよ。ほら、電池パックも膨らんでないでしょ」
私は見習いメンバーのみんなに、画面を見せて回ったけれど、みんなそそくさと私と距離を置いてしまった。
えー。
そんなあ。
今どきガラケー持ちって、そんなにイタいの?
◇
「通話ができて、
私はひとりごちて、ガラケーを畳むと胸のポケットへと収めた。
それから、バンガローにほど近い、森の泉の木製の
「あちちっ!」
「ひゃっ、冷たいっ!気持ちいい!」
両足の指を開き、ゆらゆらと左右に水をかく。
白いリボンスカーフのスナップボタンをプチリと外し、白いセーラー服の胸元をパタパタと仰いだ。
その拍子。
胸ポケットからガラケーがスルリと滑って。
泉にぽちゃりと落ちた。
「えっ!!」
ぷくぷくぷく。
私のガラケー!!
アンテナの
「うそ、うそうそ!!」
私はへなへなと座りこんだまま、ぽかんと口を開けて、泉を見つめた。
――ずっとお揃いの携帯にしようね。
――私以外の連絡先、入れちゃ駄目だよ。
親友の
なんてこと!!
私たち、二人で約束したのに……。
めまいがする。
頭がガンガンとして、眼の前が真っ白になった。
◇
すると。
森の泉が真っ白に光り輝いた。
「きゃっ!!」
私は思わず身じろいで、尻もちをついた。
光の中には、女の子のシルエット。
キラキラと輝く金髪ロングに、
彼女は私の前に、両手をすっと差し出した。
「
泉の妖精は、右手で金のスマホ、左手で銀のスマホを差し出したので、私は思わず吹き出した。
すると、泉の妖精さんだって首をナナメ下に降って、ぶっと吹き出した。
もう!
私のガラケーと似ても似つかない!
そういう世界観なら、別にガラケーを用意してくれてもよくない?
まさか、泉の中ですらガラケーって在庫切れなの?
でも、私は面白くなって、わざと迫真の顔をして泉の妖精に迫り、首を振って悲しげに、
「……いいえ、泉の妖精さま。
泉の妖精さんは、ぷるぷる震えている。
「地下の礼拝堂では、アンテナをびょーんと伸ばすのです。そして、腕を天井に伸ばすのです。すると、電波を受信し、アンテナの
泉の妖精さんの全身が、がたがたと震え出した。
「電池パックをご覧になってください。親友のステファニーと
泉の妖精は、耐えきれない!!と言わんばかりに大笑いした。
「あっはははーー!
わあお。
両手に華ならぬ、両手にスマホ!あとガラケー!
これが、
つるりとした黒い画面と、ずしりとした重みに、胸がバクバクと高鳴った。
そして、泉の妖精に促されるがまま、側面の電源ボタンを長押しした。
しかし。
二台のスマホの画面は真っ暗なまま、ぴくりとも動かなかった。
ただ、楽々シルバー・ガラパゴス・フォンの起動音だけが、ピロリロリーンと森へ響いた。
「水没からの故障……だよね。いいのよ。私、一生、楽々シルバー・ガラパゴス・フォンを使うって決めてるんだから。ね、ステフ!」
私は泉の妖精、もとい、親友のステファニーに話しかけた。
「私が、ステフの居る天国に行く日まで、私はずっと、楽々シルバー・ガラパゴス・フォンを使んだから!」
「
ステフは私の手を握った。彼女の手は冷たく、ひんやりとしていた。
ステフの
そうして、私とステフは二人でしばらく見つめ合った。
しかし、だ。
「……ごめんなさい!」
「へ?」
「
「え、え、ええ?!そんな、だって、先に言い出したのは、ステフのほうじゃない!!」
「
ま、まさか!!
クラクラする。
聞きたくない。
「もう、私、機種変更しちゃったの……」
そう言ってステフは、おもむろに自分のスマホを出すと、天国のお友だちとの集合写真を見せてくれた。そこには私の知らない、ステフの晴れ晴れとした、満面の笑顔があった。
ああ、やっぱり!!
「そっ……そっか!そうだよね!私どうかしてたよお」
「
「ステフこそ!!泣かないで!!ごめんね……」
そうだよね。
小学生の口約束なのだ。
もちろん、当時の私たちは大真面目。
だけど、未来のことなんて、私たちにはまるでわからなかったのだ。
携帯の機種は、変わってゆく。
人の心だって、変わってゆく。
そしてそれは、ステフだけじゃない。
私だって、雪穂と連絡先を交換しようとしてたんだから……。
私たちは
裏切りじゃない。
私たちは、ズッ友……。
◇
――目が覚めると、そこは保健室だった。
「
「えっ?!」
「もう。
「
「そう……なんだ……」
じゃあ!!
私の、ガラケーは?!
私は、ベッドサイドの
良かった。
夢だったんだ。
そうだよね。
ステフ。
……ごめん。
やっぱり。
約束は、約束。
裏切りは、駄目だよね。
「あれ?」
私が、親友のステフの顔を見ようと、楽々シルバー・ガラパゴス・フォンを開くと、画面は真っ暗。
ただ、私の顔が反射して映り込むのみだった。
「うそ!うそうそ!」
「
養護教諭の
「倒れたのは、私にも責任があるわ。ごめんなさい。お詫びに新しい携帯は、私に買わせてちょうだい」
「ねえ、
「ゆ、
「二人とも静かに。保健室よ。……それにしても。一体、誰が通報してくれたのかしらね?」
「えっ?」
「学院に通報があって、私たちが駆けつけたときには、もう誰もいなかったのよ。女の子の声だったんだけど……。学院の子なら、加点してあげたいんだけど、名前もわからないんじゃ、どうしようもないわねえ……。
うむむ、と唸る
「じゃあ、私は、先生たちに報告に行くわ。
「はい」
「じゃあ、また後でね、
「ちょっと
三人は、ぱたぱたと保健室から出て行った。
私以外、誰もいなくなった保健室は、しんと静かになった。
ガラケーの裏蓋を外して電池パックを確認する。
そこには、変わらない私とステフのプリクラ。
電池パックを戻したけれども、やっぱり画面は動かなかった。
私は、窓辺に立つと、楽々シルバー・ガラパゴス・フォンのアンテナをびよーんと伸ばし、天に向かって腕を伸ばした。
尖端の
そして、また元の
(終)
妖精の泉にガラケーを落とした生徒会見習いのお話 浮地 秤 @ukky0307
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