あなたと共に恋を成就させる
西しまこ
共犯者
「ねえ、血液型は?」
「A」
「じゃあ、あたしたち、結婚しましょう」
*
「久しぶり! 里玖」
「久しぶり、丈太郎。さ、入って」
里玖はスリッパを出した。
「おう。愛唯も久しぶりだな」
丈太郎はそう言って、里玖のすぐ後ろにいた愛唯の頭をくしゃっと撫でた。
「うん、兄さん、久しぶり」
「俺の親友と妹が結婚するなんてなあ。しかもこんなに早く! 二人とも大好きだから、本当に嬉しいよ」
「ねえ、兄さん。あたし、兄さんの好きなもの、沢山作ったのよ」
愛唯は食卓へと丈太郎を案内する。そこには既に前菜が彩りよく盛り付けられていた。
「お、うまそう!」
「ビーフシチュウも作ったの。兄さん、好きでしょう?」
「さすが愛唯! 俺の妹!」
愛唯は嬉しそうに微笑み、前に座った丈太郎を眺めた。
さらさらの茶色っぽい髪、意志の強そうな眉、優し目元。
毎日見つめていた愛しい顔だ。
箸を持つ指を見つめる。短くきれいに切られたピンク色の爪。長い指。
あの指がさっき、あたしの頭を撫でたんだと思うと、震えるほど嬉しかった。
「里玖、仕事はどう?」
声も好きだ。
「……そう。まあ、里玖は優秀だからな」
兄さんだって優秀だ。
愛唯はくすりと笑う。
すると、丈太郎は愛唯に顔を向けて言う。
「愛唯は大学、どう?」
「大丈夫よ」
「大学在学中に結婚するなんて、よほど好きだったんだなあ」
丈太郎の言葉に愛唯は、笑顔で応えた。
ええ、よほど好きだったの。
そばにいられないほど。
心の中の台詞はそっと呑み込んで、「おかわりいる?」と笑いかけた。
「泊まっていかないの?」
「新婚だろ? やめとくよ」
丈太郎は来たときと同じように笑顔で帰って行った。
「帰っちゃったね」
「ああ。……さみしい?」
「うん。だからねえ、里玖。――しよう?」
愛唯は里玖の手をとった。
その手は既に熱を帯びていた。
寝室に行くと同時にお互いがお互いの衣服を剥ぎ取る。早く。早く早く。
あの映像が消えないうちに。
愛唯は目を閉じて、丈太郎の顔を思い浮かべた。いつものように。この手は丈太郎の手。唇も、何もかも。
あたしは丈太郎の夢を見るのだ。
甘い痺れも真っ白になる快感も、何もかも丈太郎との夢の中の出来事。
だからいつもその最中に言葉はない。
光も音もない深海で揺らいでいるような気持ちがする、と愛唯は思った。
「兄さんが泊まったら、と想像すると、どきどきするわ、里玖」
「愛唯は丈太郎のこと、好きだからね」
「妹としてじゃなく、性愛の対象としてね。……里玖、もう一回しよう」
*
ずっと兄が好きだった。
一つしか違わないのに、何でも出来る兄。かっこよくて、自慢の兄だった。
兄に恋していた、ずっと。
兄にキスして欲しかった――身体を触って。押し開いて。あたしの中に入って欲しかった。
叶わない夢。
だからあたしは兄のことを好きな兄の親友と結婚した。
里玖も叶わない夢に苦しんでいた。
あれは、暑い夏の日だった。
毎日のように遊びに来ていた里玖が、ソファで眠りこけている兄にキスをしていた。
里玖と目が合って――そうしてあたしたちはお互いの気持ちを知った。瞬時に。
里玖は兄にキスした唇であたしにキスをした。
「どうして?」
「だって、愛唯はキスしたことないでしょう? 丈太郎と。……間接キスだよ」
涙がこぼれた。
熱くて強い涙だった。
その涙を里玖が舐めた。
「ねえ、里玖。兄さんは里玖が好きなの?」
「……残念ながら好きじゃないよ。丈太郎の恋愛の対象は女なんだ」
里玖の脳裏に、丈太郎が彼女とキスをしている映像が思い起こされた。それは里玖の心臓を突き刺し、抜けない棘となった。
「あたしは女よ」
「でも、妹だ。丈太郎は真っ直ぐだから、妹と恋愛はしないと思うよ。――僕たちは似ているね」
愛唯と里玖は互いの目を強く捉え、しばらく黙ったまま見つめ合った。
「……里玖、里玖は女も大丈夫なの?」
「男でも女でも関係ないよ。好きになった相手なら」
「ねえ、あたしのこと、少しは好き?」
「好きだよ。だって、丈太郎の妹だから」
丈太郎が大切にしているものは、僕も大切なんだ、と里玖は心の中で付け加える。
「それでいい。ねえ、……して?」
愛唯は里玖の手を取った。とても真剣な面持ちで。
「いいの? 愛唯、初めてじゃないの?」
「うん、初めて。ねえ、あたしの初めては里玖がいい。あたしたちは似ているんでしょう?」
欲しい人とは永久に叶わない切なさ。
里玖は切れ長の瞳で愛唯をじっと見つめると、キスをした。深いキスだった。
その日から、二人は共犯者になった。
「愛唯。丈太郎を好きな僕の子ども、産んでくれる?」
「ねえ、血液型は?」
里玖の血液型は丈太郎の血液型と同じだった。
「いいわ。兄さんの子どもだと思って、産んであげる」
「愛唯ならそう言ってくれると思った」
好きな人が同じ。
好きな人を媒介にして繋がっている。
早く赤ちゃんが出来たらいい。
その子を大好きなあの人だと思って大切に慈しんで育てよう。
恋は成就する。
小さな手が、愛唯と里玖を探して宙に伸びた。
了
あなたと共に恋を成就させる 西しまこ @nishi-shima
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