風のキツネと霧のスミレ
海乃めだか
「風のキツネと霧のスミレ」
一、風の丘
丘の上に、風のキツネが住んでいた。赤い毛並みが風にそよいで、白い尻尾がゆるやかに揺れた。キツネはひとりでいるのが好きだった。群れの声も近づく影も波立つだけ。風が丘を渡れば、それでよかった。「ひとりなら静かだよ。風と走ればいいさ」と、キツネは草に呟き、丘の頂でくるりと回った。
ある朝、風がふもとへ下りると、霧が静かに漂っていた。霧の中に紫のスミレが咲いていた。小さな花弁に朝露が光り、ゆらりと揺れている。キツネが遠くから見ると、スミレが霧に、「風ってきれいだね」と囁いた。キツネは少し離れて、「霧でも君は穏やかだな」と風に返した。二人の間を、風がゆるやかに流れた。
二、遠くのざわめき
日が巡り、キツネが丘を走ると、スミレの霧にカケスが舞い降りた。青い羽が朝陽に映え、「スミレ、森へおいでよ。紫をみんなに見せようぜ」と騒がしく鳴いた。スミレは花弁を縮め、霧が薄れて、声も出せず揺れた。
キツネは丘の上から見下ろし、スミレの霧が弱まっているのを感じた。ひとりでいるのが好きでも、ざわめきがスミレを乱すのは見過ごせなかった。キツネは跳ね上がり、風に声を乗せ、「カケス、丘で追いかけっこしないか」と遠くに響かせた。風が声を運び、カケスは「面白そうだな」とスミレから飛び去り、丘へ向かった。
霧が再び濃くなり、スミレは静かに、「キツネ、遠くの風が届いたよ」と囁いた。キツネは丘の頂で、「ひとりでも風は君に届くさ」と草に答えた。二人は近寄らず、遠くの影で繋がった。
三、枯れかけた紫
ある朝、雨が丘を濡らした。キツネがふもとへ下りると、スミレの霧が重く垂れていた。花弁が疲れ、紫が薄れ、枯れかけたように揺れていた。虫たちが集まり、「スミレ、雨宿りさせてくれよ」とざわめいた。スミレは霧を濃くしようとしたが、力が尽きて、花弁が落ちそうに震えた。
キツネは丘から見つめ、スミレが枯れかけているのを感じた。ひとりでいるのが好きでも、スミレの紫が消えるのは寂しかった。キツネは近づかず、丘の木陰から松ぼっくりを転がし、「虫たち、風の遊びが始まるよ」と遠くに響かせた。虫たちは松ぼっくりを追い、スミレから離れて雨の中へ散った。
四、風の守り
雨が上がり、スミレは霧の中で息を吹き返した。「キツネ、遠くの風が助けてくれたね」と花弁が囁いた。キツネは丘を下り、スミレの近くの草むらにそっと横たわった。近づきすぎず、でも悪い虫が寄らないよう、風をそよがせて見守った。
次の日、霧が澄み、スミレの紫がわずかに濃くなった。虫や鳥がまた近づくと、キツネは草むらから風を吹かせ、「丘で遊ぼうぜ」と遠くに声を飛ばした。スミレは霧に隠れ、「キツネの風、近くじゃないのに守ってくれるんだな」と囁いた。キツネは「ひとりでいるのが好きだよ。でも、君が枯れるのは見たくないさ」と丘の上で答えた。
五、遠くの絆
それから、キツネはひとり丘を走り、孤独を愛した。スミレは霧の中で静かに咲き、疲れが募ると霧を濃くした。キツネはその霧を見れば、草むらに身を寄せ、風を吹かせて悪い虫を遠ざけた。二人は近寄らず、言葉も少なく、風と霧で繋がった。
ある風の強い日、スミレが「キツネ、遠くでいいよ。風が聞こえるからさ」と霧に囁いた。キツネは丘の頂で、「ひとりでいるのが好きだ。けど、君の霧が消えないなら、それでいいよ」と風に返した。丘の風が流れ、スミレの霧が漂う。二人は遠くで守り合い、静かな絆を紡いだ。
風のキツネと霧のスミレ 海乃めだか @medaka2025
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