砂漠の鳥籠

曇空 鈍縒

王国と女王の物語

 その王国は、広大な砂漠の真ん中に存在していた。

 澄んだ水を湛えたオアシスの、ちょうど中央に、大理石を積み上げた純白の城が建っており、オアシスの岸辺には、白の綺麗な家々が群がっている。

 王国は背の高い城壁で囲まれており、城壁の上や街の中では、赤を基調とした軍服を着た精強な兵士たちが警備に当たっていた。

 城壁の四方には大きな門が取り付けられており、商人や外交官、旅行者が、日夜問わず出たり入ったりしている。

 街中には肉の焼ける匂いと香辛料の匂いが漂っており、道は駱駝ラクダや馬車でごった返している。

 交易路に近く治安も良いこの王国は、貿易の中継都市として栄華を極めていた。

 今でこそ豊かな王国だが、かつては、それはそれは貧しい国だった。

 小さなオアシスのほとりに、数百名ほどの行き場を失った民が寄り集まって暮らす、狭く汚い集落だったのだ。

 交易路が近いというのに、治安も環境も悪いせいで人が寄り付かず、人々は、オアシスで釣れる小魚と、痩せた土地から収穫できる僅かな野菜を糧に、日々を食い繋いでいた。

 だがそんな時、オアシスに一人の女王が現れた。

 遠い異国から、このオアシスにたった一人で訪れた、美しく聡明な女王は、奇跡の技を用いて、小さく濁ったオアシスを広く美しいものへと変え、たった数年にして、貧しい集落を立派な王国へと発展させてみせた。

 民はそれに感謝し、ありとあらゆる対価を提案したが、女王は決して多くを望まなかった。

 女王は、他国の王のように、重税を課すことも隣国へと戦争を仕掛けることも望むことはなく、ただ、オアシスの中央に大きな城を建てることと、僅かな召使と共にそこで生活することだけを望み、民は、それを快く了承した。

 女王がその奇跡の力を持ってオアシスの中心に築き上げた城には、数多の部屋が存在していた。豪華絢爛な客室もあれば、広々とした舞踏室もあり、落ち着いた雰囲気の撞球室もあれば、迷宮のような図書室もある。

 それらの部屋の中には、世の理に反するような物まで存在しており、例えば、室内にも関わらず常に青空が広がり草花の生い茂る、庭園の部屋すらあった。

 女王は、自らの城を訪れた者に、それらの部屋のほとんどへの自由な出入りを許したが、ただ一箇所、地下室だけは誰にも見せようとしなかった。


 女王がオアシスを訪れてから三百年が経過したある日、女王は唐突に死んだ。


 寝室で眠るように自死しているのを、召使の一人が発見したのだ。

 女王の手には毒瓶が握られており、その傍には、遺書が残されていたという。

 だが、その遺書は広く知らしめられることもなく、召使の手によって、女王の骸と共に城内の祭壇で焼かれた。

 女王が生涯にわたって隠し続けた地下室には、豪華な調度品や珍しい異国の品々に囲まれて、背に翼の生えた一人の青年の美しい骸が残されていたと伝わっている。


 女王を失った王国は、その後、急激に落ちぶれていき、ついには、オアシスのほとりに住む者もいなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠の鳥籠 曇空 鈍縒 @sora2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ