元カレ(彼女の元カレはこんな人)

緋雪

運命の人

 彼女は、桜散る木の下で、その花弁を掌で受けていた。風がぶわっと吹いて、花弁が一気に散る。髪を押さえながら、彼女は、ふふっと楽しそうに微笑んでいた。


 きっと、それを見た時、僕は既に彼女に恋をしていたのだ。桜の花を自然に楽しめる人……。木漏れ日がキラキラと彼女を包んでいた。


 

 彼女との再会は、取引先の事務所。


 担当社員を待つ間、お茶を淹れてきてくれたのが彼女だった。

「すみません、お待たせしてしまって」

「いえ、大丈夫です」

「では、失礼します」

 そう言って去ろうとした彼女に、

「土曜日、中山公園でお会いしましたね」

 と声をかけた。彼女は、驚いている。

「ええ、中山公園にはいましたが……」

「桜が綺麗でした。桜吹雪の中のあなたも」

「えっ?」

 頬がほんのり赤くなる。

「島崎と申します。こちらの担当になりました。よろしくお願いします」

 僕は、立って、彼女に名刺を渡し、一礼した。

「あ、ええ、山野と申します。よろしくお願いします。あの……あ、失礼します」

 担当社員が入ってきたのと入れ替わりに、彼女は部屋を出て行った。


 僕は、彼女に「運命」を感じていた。


 何度かその会社を訪ねる度、彼女はお茶を持ってきてくれる。少しずつだが、話をするようになった。

 彼女の名前は、山野やまの香澄かすみ。なんて綺麗な名前だろう。山野さんやかすみだなんて。


 僕たちは連絡先を交換し、時々、食事に行くようになった。


「僕ね、香澄さんを初めて見た時、胸を撃ち抜かれたんだ」

「またぁ。島崎さん、口説かないでくださいよ」

 香澄は、照れくさそうに笑う。可愛いと思った。

「その人と再会できたとき、『これは運命だ!』と思ったよ」

「運命?」

「そう。君は僕の『運命の人』だと思う」

「えっ?」

「僕と、付き合ってください」

 彼女の頬はより赤くなり、それを見られまいとしてか手で隠しながら俯くと、

「はい……」

 小さな声で言った。



 人生は長い。ゆっくりと愛を深めていこう。優しく。優しく……。素晴らしい時間を。

 これから、沢山のことを香澄と話そう。彼女がいつも楽しく笑っていてくれるように。


 そう。彼女の隣で僕は色んな話をした。



 付き合い始めて、1ヶ月目のある日のことだった。

「直人さん、私に興味ないんですか?」

 香澄がそんなことを言ってきた。

「なんで、そう思うの?」

 僕がそう言うと、香澄は俯いた。

「だって……その……手も繋いでくれないし……」

 その言葉に、僕は笑った。

「ごめん。言ってくれればいいのに」

 僕は、静かに笑うと、香澄の手を握った。そして、また、彼女との会話を楽しんだ。香澄は嬉しそうに笑った。


 また、2ヶ月目のある日のこと、

「直人さん……私のこと、ホントに好きですか?」

 と、香澄は言ってくる。

「なんで、そう思うの?」

 僕がそう言うと、香澄は俯いた。

「だって……その……キスもしてくれたことないし……」

 その言葉に僕は笑った。

「ごめん。言ってくれればいいのに」

 僕は静かに笑うと、香澄にキスをした。そして、また、彼女との会話を楽しんだ。香澄は嬉しそうに笑った。


 3ヶ月経った、ある日のことだった。


「ごめんなさい。別れたいの」


 香澄は、目にいっぱい涙を溜めながら言う。

「なんで、そう思うの?」

 僕がそう言うと、香澄は俯いた。

「だって……言わなきゃ伝わらないんだもの」

 その言葉に僕は笑った。

「言ってくれればいいだけじゃないか」

「いつも私からよ?」

「どうしたの? 手を繋ぎたい? キスがしたい?」

 僕は静かに笑った。けれど、香澄は首を横に振る。

「ごめんなさい。直人さんのことは凄く好き。でも、もう別れたいの」


 そうして、彼女は僕の元を去った。

 

 香澄、僕は君がとてもとても好きなのに。君だって僕のことが好きって言ってくれるのに、何故?

 


 香澄、教えてほしい。

 僕の何がいけなかったんだろう……。 

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元カレ(彼女の元カレはこんな人) 緋雪 @hiyuki0714

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