アンケート

あさぎそーご

アンケート



「この世界を滅ぼしてもいいですか?」


 社畜の僕は、こんなふざけた質問に対する回答を規定数得なければならず、疲れ果てていた。

 ある時は駅の片隅で。ある時は花見で賑わう公園で。ある時は大学のキャンパスで。

 警察や警備がやってくる前に撤収するのが鉄の掟。一箇所につき大体10人、声をかけられたら万々歳だ。

 大抵の人間は怪しんで答えてすらくれないが、時たま物好きな人はいるもので、それなりに回答を得られたりする。

 内容は様々だが、否定的なものが多い。

 それはそうだ。世界を滅ぼされては困る人間が大半だから。政治や将来に希望のないこの国でも、グラフの比率はなかなか揺らぐものではない。

 端末に呼び出した統計を見てため息を付く。このままで終わらせるわけにはいかない。かく言うこの僕自身も、まだ世界に終わってほしいとは思っていないからだ。


 規定数まであと1人。

 そして。

 目標%まで、あと1人。


 次に声をかける人間に全てが託される。

 責任重大だ…いや、もう疲れたし早く帰りたい。見た目で厳選したところで、答えが分かるわけでもないのなら、目を瞑って声をかけてしまえばいい。

「この世界を滅ぼしてもいいですか?」

 気配を頼りに声を掛け、目を開けた。すると見るからに女子高生らしい女子高生と目が合う。彼女は僕を上から下までじっくり眺めた後、実に無邪気に微笑んだ。

「おにーさんはどうしてほしい?」

「……はい?」

「おにーさんが欲しい答えをあげちゃうって言ってるんだケド」

 愛らしく肩を竦められ、面食らってしまう。しかし少しは考えてもらわなければ、アンケートの意味がない。

「考える時間をあげますから、ご自分の意見をどうぞ」

「えー?じゃあさ、質問するから。答えて?」

 時間を与えるために差し出した手のひらに、女子高生の指先が乗せられた。よく分からないが仕方なく頷くことにする。

「はい、僕に答えられることなら」

「名前は?」

「内緒です」

「何歳?」

「どうでしょう?あなたよりは歳を食っていると思いますが」

「身長は?」

「2メートルもないですね」

「好きなタイプは?」

「肌がきれいな人……あの、これ僕の質問と関係あります?」

「どこから来たの?この後どこ行くの?お仕事?なんでそんなこと聞いて回ってるの?」

「あーーーと……」

 これは、よくない。脳内で警報が鳴るが気付くのが遅かった。逃げようと回れ右した僕の腕は、がっしりと女子高生に捕まってしまう。

「逃さないよ?」

「怖い怖い怖い怖い」

 怯える僕を、女子高生は満面の笑みで近くの公園まで引き摺っていった。



 数十分後


 圧に負けた僕は全て正直に話してしまった。女子高生は僕が(逃がしてもらおうと)買い与えたソフトクリームを舐めながら呑気に言う。

「ふーん…お兄さん、悪魔なんだ?」

 頭がおかしいとでも思って貰えれば、逃がしてくれるだろうとの考えは秒で打ちのめされた。

「悪魔もスーツで営業とか世知辛くない?てかこの真夏に暑くないの?アイス食べなよ溶けるよ?」

「はい、あの、お気遣いありがとうございます」

 終いには同情されてがっくりと肩を落とす。

「ねー、もしかしなくてもさ、悪魔だから真っ黒なの?」

「……服のことですか?」

「そ」

「黒くないと力が出ないんですよ…ちなみにちゃんと暑いです」

「あーね。でもそうは見えないかな…汗とかかかんの?てかやっぱ…」

 前かがみでソフトクリームを食べる僕の顔を覗き込み、女子高生は真顔で呟いた。

「ビジュ良」

「はい?」

 かけていた黒縁眼鏡を奪われながら、素っ頓狂に応える僕に構わず、彼女は詮索を続ける。

「伊達じゃん。これも黒だからつけてんの?うけるー」

「そうですけど……あの、そろそろ僕の質問にも答えて頂けませんか?」

「世界を滅ぼしてもいい?とかってやつ?」

「そうです」

「んー、おにーさんがそうしたいなら、そうしてくれていいよ」

「随分投げやりですね」

「あーね?」

「もっと生きたいとか思わないんですか?」

「どーかね…」

 どうでも良さそうに唸り、空を見上げた女子高生の正面で小さな子供がすっ転んだ。見事な転倒に泣いてしまうかと思ったが、いつの間にか近付いた女子高生に助け起こされる。

「だいじょぶ?」とか「おかーさんは?」とか「飴ちゃん食べるー?」とか話すうちに無事母親がやって来て事なきを得た。

 丁寧に頭を下げて子供を抱える母親と、その腕の中で笑顔で手を振る子供と。女子高生は軽い調子で手をはためかせて見送って、僕の隣に戻ってくる。

「おにーさんが彼氏になってくれるなら、もう少し生きてみてもいいかなー?なんて」

「呆れた人ですね…」

 一見能天気な、なにを考えているか分からない彼女にも、思うところは山程あるのだろう。呆れながらも察して、僕は立ち上がる。

「それなら、肯定してください」

「肯定?」

「いいよ、と。一言頂ければ」

 おけ。と、短い返事があった。僕は改めて質問を投げかける。

「この世界を滅ぼしてもいいですか?」

「それって、僕と付き合ってくださいってコト?」

 嬉しそうに笑う彼女に夕陽が注いだ。頬が朱に染まったことでまるで照れているようにも見えたが、実際はからかっているだけだろう。

「真面目に答えてください」

「だってー」

 誤魔化すように舌を出し、ソフトクリームで口を塞ぐ女子高生にため息を浴びせ、こほんと一息。

「この世界を滅ぼしてもいいですか?」

「いいよ」

 即答により、任務は終了する。

「ありがとうございます。これでもう暫くは安泰です」

 数%でも、世界を滅ぼそうとする人間がいるうちは。もう少しだけ、世界を生かしておこうというのが悪魔界の定石……

 つまり、天の邪鬼なのだ。

「じゃ、NINE交換しよ?おにーさん」

「仕方ないですね…まあ、世界の存続祝いということで」

 夕暮れの公園にピロンと。

 甲高い電子音が2人の繋がりを告げた。


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アンケート あさぎそーご @xasagi

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