あなたへの手紙
竹部 月子
好きな人の好きな人
二年三組の前を通る時、私の歩く速度はカタツムリよりも遅くなる。
廊下側、一番後ろの席。
コウダイ君の、机に突っ伏した背中を盗み見る。
今日も野球部は朝練だったから、疲れてるのかな。
期待の二年生エース。
試合の応援に行った時、コウダイ君がマウンドに立ったら、空から光が降ってくるように見えた。
「ねぇコウダイ、これレモン味出てたの知ってた?」
明るい声が響くと、コウダイ君がすぐに頭を上げた。
あわただしくカバンから財布を取り出しているのは、野球部のマネージャーだ。
コウダイ君の、好きな人。
私の好きな人の、好きな人。
「買って来たら半分飲む?」
「おう」
回し飲みとか、しちゃう感じかぁ。
マネージャーが小走りに教室を出ると、コウダイ君もまたパタリと頭を下げた。
付き合ってはいないって聞いたけど、どう見たって、コウダイ君は彼女のことが好きだ。
この気持ちに名前をつけるなら。
恋というよりは、あこがれが近いのだろう。
でも、姿を見られるだけで一日が幸せで、練習している時の声が聞こえてくるだけで嬉しくて。
はじめて誰か一人だけを特別だと思った心は、胸に秘めておくには苦しすぎた。
だから、手紙を書こう。
好きとか、憧れていますとか、書いてしまった便箋は恥ずかしすぎるからゴミ箱へ。
レターセットを全部使い切って、ようやく完成した。
『部活を頑張る姿が とってもかっこいいです いつも 応援しています 二年五組 佐々木 小陽』
精一杯の想いを込めた手紙を、誰もいない教室の廊下側、一番後ろの机に入れる。
ドキドキしすぎて、その夜は眠れなかった。
次の日の帰り、校門で背の高い男子に呼び止められた。
どうしてか、私がコウダイ君に出した手紙を持っている。
「手紙どーも、コハルちゃん。部活を頑張ってる志崎 朗でっす」
「えっ、あの、なんで……」
着崩した制服で、棒付きキャンディを口にくわえたまま、ロウと名乗った男子は私の目の前に立った。
「なんでって、昨日席替えしたから。元コウダイの席に、今日からオレが座ってる」
「おっふ……」
おっふじゃないんだよねと、少し凶悪な目つきで彼は笑った。
「手紙返してほしかったら、ちょっと付き合って」
連れて来られたのは、ドーナツチェーン店。
窓に面した明るい席を確保し、ここで待てと命令すると、ロウ君はお皿に山盛りのドーナツを持って戻ってきた。
席につくと、テーブルの真ん中にカロリーの山を置いて言う。
「ひとりノルマ5個」
「だ、ダイエット中なので遠慮します。それより手紙、返して……」
んん? と笑顔で凄んだロウ君は、髪に赤いインナーメッシュが入っている。
そういえばこの人、去年の学祭でライブやった人だぁと思い出した。
軽音部に所属してて、確か三年生のお姉さまがたに、すごく人気があるはずだ。
ロウ君は一度ドーナツをつかんだ指を、ペーパーで拭いて、お手拭きでももう一度拭いて。
手紙をそっと大事なものをつかむように取り出して。
ペスンと私の額に叩きつけた。
丁寧なのか乱暴なのか分からない。
「差出人書いたなら、ちゃんと宛名も『広大クンへ』って書けよ、めっちゃ期待しただろ!」
反射的に閉じた瞳をこわごわ開くと、怒ってるような、照れてるような複雑な表情で私をにらんでいる。
『部活を頑張る姿が とってもかっこいいです いつも 応援しています 二年五組 佐々木小陽』
確かに文面が、部活を頑張る全ての人へのラブレターみたいになっていた!
「間違ってほんとにごめんなさい!」
頭を下げると、別にいいけど、とふてくされたような声が返ってきて、彼はドーナツを食べ始める。
「あれ、でも書いてなかったのに何でコウダイ君宛てだって分かったの?」
「あんだけ毎回廊下通るたびに、不自然にゆっくり歩きになって、コウダイが席に居ない時は探して、見つけてウットリした顔してたら、バレバレ」
「そんな、そんなに分かりやすい感じだった?」
フン、とロウ君は横を向く。
「周りのやつがどうかは知らんけど、好きな女が好きなヤツって、分かるだろ普通」
好きな女が、好きなヤツ。
コウダイ君からたどって、思いがけず自分へ戻ってきた矢印に、えええええっ、と混乱する。
頬がどんどん熱をもっていくのが分かる。
「あれ? もしや全然脈アリだった?」
首をかしげたロウ君の耳には透明ピアス。しかもみっつも並んでいる。
「全然そんなことない。けど、からかうのやめてよ……今度からあの席にロウ君が座ってたら、廊下通るたびに気になっちゃう」
ロウ君は、さも当たり前のように言った。
「気にしてよ。そんで、そのうちオレのこと、好きになってよ」
「そんな簡単じゃないよ……」
弱った私の口元に、ピックで刺した小さな丸いドーナツが押し当てられる。
「簡単じゃなくていいよ」
それってどういう意味だろう、考えがまとまらない。
なのにドーナツの甘いお砂糖は、どうしようもなく、ザラザラと口の中で溶けていった。
あなたへの手紙 竹部 月子 @tukiko-t
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