低燃費な私たち

まさつき

付き合ってないよね?

 恋は、熱だ。

 暑さの中で、熱くはじけて、厚く重なる。


 だからきっと、私と智也ともやの関係は恋愛とは違うんだって、思ってる。

 私は智也の彼女じゃない。

 好きか嫌いかって訊かれたら、嫌いじゃないって答えるけど。

「じゃあ好きなんじゃん」て言われると、「そうだね」って答えてる。

「ならやっぱ、美加みかは智也と付き合ってんだ」と、周りのみんなは言う。

 けど、私も智也も「付き合ってないよね」って口をそろえてしまう。

 私たちはそんな熱い、仲じゃないから。


 智也とは知り合ってけっこう長い。

 同じ美大に通ってて、智也は在学中からイラストレーターとして商業活動を始めてた。なし崩しって言ったら悪いかもだけど、そのままフリーランスで働いてきた。

 私は私で大学を卒業してから、中卒叩き上げの個人事務所のデザイン会社に潜り込んだ。そうして去年独立して、自営業のエディトリアルデザイナーになっていた。


 もう、十年ぐらいの交流。おまけに家まで近かった。

 忙しいときはめちゃくちゃだけど、お互い時間の都合はつけやすい。

 ご近所づきあいみたいによく会ってるし、二人で食事にも行く。

 ときどき、近所の公園で近況報告しあったり。

 だからだ。「付き合ってるの?」て、お互い人からよく訊かれる。

 でも、ずっとそれだけ。


 今日も二人で昼の外食を済ませてから、締め切り明けのクールタイムをいつもの公園でのんびりと過ごしている。

 近所の保育園の子供たちが、保育士さんに連れられて遊びに来ていた。

 小春日和の、いい感じに穏やかな午後。

 ちょっと騒がしい子供の声さえ、心地いい。

 姪っ子と同じくらいの年頃だなあ――「産むなら早い方が体が楽だよ」なんて、姉さん言ってたっけ。

 遊び回る園児たちの姿に目を細めていたとき、智也の不意打ちにドキリとした。


「かわいいね、子供」

 体の奥がきゅっと締まるみたいで。

 顔に出たのかもしれない。智也は「どうかした?」なんて、笑ってる。

 軽く首を横に振りながら「かわいいよね」て、笑いかえした。


 風が吹く。少し、冷たい。

 小さなボールが、足元に転がってきた。

 ぱたぱたと男の子が走ってきて……パタンと倒れた。

 わっと泣き出す。

 智也が立ち上がって、男の子を助け起こした。

「大丈夫だよ、ケガはないよ」って、智也は服のほこりを払ってあげるけど。

 泣き止まない。

 私は男の子の前に膝をついて、そっと抱きしめささやいた。

「ほら、もう痛くない。びっくりしたんだね」

 男の子は泣き止んで、笑っていた。

 今度は智也がびっくりした顔で、私と子供を見つめている。

「姪がいるから慣れてるの」と笑って見せたら、智也は眩しそうにはにかんだ。


 年配の女性の保育士さんが慌てて駆けつけ、にこやかに頭を下げた。

「ありがとうございます。なれてらっしゃるのね、新婚さん?」

「違いますよ」「友達です」と、いつものように私たちは答える。

「そうなの? ごめんなさいね。なんだかとっても、雰囲気あったから」

 保育士さんの言葉に、顔を見合わせた。

 苦笑するような、くすぐったい表情をして。


 遠くの空で重たい音が鳴っていた。

 薄暗く陰って、地面から影が消えていく。

 保育士さんたちが、慌ただしく園児たちを呼び集めていた。

「あれ? 雨降りそうだ。俺たちも帰ろっか」

「うん、またね」

 いつもと同じに、お互い反対の道を歩いていった。


 あれから、半月が経つ。

 あれから、智也の顔を見ていない。

 単純に、お互い忙しくなったのもあるけれど。

 やっとネットで納品を終えて、仕事机の上に転がるスマホをぼんやり眺めていた。

 なんとなく、鳴らないかなあ――て。


 鳴った。

 徹夜明けのもやっとした頭で、智也からのメッセージを確かめる。

[――明日、美加の誕生日だよね。飯奢るよ]

 お店は、予約済み。

 二人で行ったことのない、ちょっとお高いイタリアンの店だった。

 なんとなくお互いのスケジュールは知っているから、こんなときでも息は合う。

 私のほうがちょい年上、明日から二十代が終わり始める。

 もしかして、最後の年の記念かな?


 早いような遅いような一日を過ごした翌日の夜。

 私はこざっぱりとおしゃれをして、智也と二人掛けのテーブル席についていた。

 お互いの近況なんかをいつもみたいに交わして、公園での保育園児たちの出来事なんかを枕にして。

 コース料理と赤いワインを楽しんで、あとはデザートを待つだけになったとき。

 智也がすっと背筋を伸ばして、告げた。


「美加と家族になりたい」

 真剣なまなざしで、私の瞳を見つめていた。

 答える私は、そっけない。

「いつからにする?」

 我ながら、ひどい返事だったなあって思う。

 でも、私たちらしい。

 智也も笑ってくれていた。

 なんとなくお互い、テーブル越しに伸びあがって、顔を寄せて。

 キスしてた。

 手も握ったことないのに。

 この席、他のお客さんから丸見えなのにね。

「明日行こうよ」と、少し離した唇で私はささやく。

「役所?」

「そ」

 ちょっと身体が熱くなる。

 少しだけ燃費の悪くなる関係に、私は少しだけドキドキしてた。

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