元カレ。【ありがとう またね、大好き】

マクスウェルの仔猫

元カレ。

 ポコッ。


 テーブルの上のスマホが気の抜けた音を立てる。


「……今日は何の用だ?」



 紹介で愛梨あいりと出逢った。この広い世界の中で出逢えたことに奇跡を感じた。

 

 例えれば、呼吸。

 例えれば、栄養素。


 愛梨の存在感は、そんな感覚だった。




 けれど。



 別れてしまえばそれは痛みでしかなかった。



 そして。


 

『今日ヒマ?』



 また、今日も。


 



「何? 先週も呼ばれたのお前」

「ああ」

「また『インフルかもしれないから病院付き合って』とか? 頼られてんのか足元見られてんのか全くわっかんないな! あっはっは!」

「うっせ。指さして笑うなボケナス」


 とはいえ、海外のプロジェクトに抜擢されて忙しいはずなのに週アタマから愚痴飲みに付き合ってくれる悠太には頭が上がらない。

 

「でもさ。ヨリを戻したいんじゃないの?」

「俺は戻したい。でも最近は『好きなヤツ』の話ばっかりだ」

「そ。じゃあは無いわ。毎度お疲れさん!」

「慰めの一つもねえのかよ!」


 可能性を!

 俺に希望をくれよ!


「まあそれは置いといて、さ」

「まだ話したい。脇に置かないでくれ」

「いや、お前がそんなんだからじゃないの?」

「んあ? どういう事だ?」


 俺がこんな?

 どんなだ?


「いくら……何だっけ、シチューを白飯にかけるかどうかだっけ?」

「……そうだけど?」

「怒んなよ」


 あんなに愛していた、そして愛されていたと信じた愛梨との別れは衝撃だった。どれだけ性根を据えて大事にしたところで、愛情なんて簡単に壊れると思い知った。


 でもさ。


 そう簡単に、はいそうですかってなるかよ。


「次の恋愛に踏み出せないお前を気にかけざるを得ない、とかどうだ?」

「?! 俺のせいかよ!」

「さあ? ただ、お前が前を向いたらその中途半端な関係も変わってくんじゃないかって気がする」

「……じゃあどうすりゃいいんだよ」

「週末、合コンすんぞ」

「合コン?」


 気が乗らん。

 そもそも俺にあれ以上の恋愛ができるのか?


「断ったらダメか?」

「ま、サイアク気晴らしになれば儲けもの、くらいでいいさ」

「気晴らし、か」

「ああ。それにお前、後ろ向きな気持ちがまんま表情に出てる。そんな顔をしてたら、何もいい事なんてないぞ?」

「……考えとく」

「わかった。今週金曜な」


 そっか。

 そんなに顔に出てんだ……俺。












 さて、久しぶりだな、合コン……おおう、何か緊張してきた。




『今日、ヒマ? 軽く飲みに行かない?』

『悪い、今日用事があって』

『あ、そうなんだ』

『悠太に合コン誘われてさ。また今度な』

『そっか、わかった』




 愛梨、普通だったな。ワザと合コンって言ったのにな……ははは。


 ま、これでよくわかったわ。俺が合コンに行こうが愛梨にとってはどうでもよくて、俺らはとっくに終わってるって事を。


 もう誘いも来ないかもしれないな。でも、これでよかったんだきっと。


 お、18時。

 残業しなくてよさそうだし、上がるか。


「係長、お先に失礼します」

「お疲れ様」


 ふう。

 週末、会社の外に出る瞬間が最高だな。

 

 ……待ち合わせは19時、ハチ公前。

 今から渋谷に向かうと30分は早く着いちまう。

 

 どうすっかな……


「慎二」

「はーい、何すか…………は?」



















 


 ……え?

 愛梨?


「何でココにいるんだよ! 今日は飲みだって……」

「来て」

「お、おい! 引っ張んな!」

「愛梨のお誘いは断るのに、他の女子とは飲みに行くんだ」

「は?」


 何言ってんだ?


「それで愛梨以外とイチャコラしちゃうんだ」

「イチャコラって……お前には関係なくないか?」


 流石にイラつく。何でそんな言われ方されなきゃいけないんだ? 


「で、愛梨以外の子とエッチするんだ」

「それも関係ないだろうが!」


 オチた。テレビを見てて、『あ、もういいや』ってチャンネルを回す気分。


「関係あるよ!」

「は?」

「最近やっとご飯にシチューをかけたら結構いけるって思えてきたのに!」

「……はい?」

「最近はヨリを戻したいって全然言ってくれないし、好きな人ができたって言ってもヤキモチも焼いてくれないし! だいたい愛梨が誘わなかったら会ってもくれないじゃん!」

「いや、待て待て待て」


 クラクラしてきた。

 頭が追いついていかねえよ。


「じゃあ、言ってくれりゃよかったのに」

「……言えないよ。愛梨からバイバイしたし、ちゃんと解決しないとこれからもずっと一緒にいれないから」

「…………っ!!!」


 まさかコイツ、最初からそのつもりで! 


 はい、チャンネル速攻で戻しました。胸の辺りがやたらと熱い、気持ちから身体へ、熱が広がっていく。


 いや、まだ大事な事を聞いてねえ。


「今それを言うって事は、俺とやり直してくれんの? 俺は愛梨と一緒にいたいし、好きな気持ちは変わってない」





 合コンに行けないって悠太に断りを入れたら笑われた。悠太、こうなる気がしてたらしい。ご丁寧に愛梨にも合コンの事伝えてたんだと。アイツ、ヤバすぎんだろ!


 でも、大感謝だ。今度本気でいい酒奢っちゃろう。悠太のお陰で、愛梨から最高のが聞けたんだから。





















「……一年分イチャコラして、愛梨といっぱい?」 



















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元カレ。【ありがとう またね、大好き】 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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